H×H
□誠に勝手ながら、本日の授業は欠席させて頂きます
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さあどうしよう、困ったぞ。
朝日の差し込む部屋で、私の足元には白い布切れ。それはかつて、私のブラウスだったものだ。かつて、ということは、今はそうではないということ。昨夜クラピカによって、このブラウスは二枚の布切れになってしまった。要するに、破られた。それも、結構思い切り。
ブラウスが破られたことを、私は悲しんでいるのではない。確かに、このブラウスは着回しが効いて、所謂ヘビロテアイテムだったけれど、惜しむ程丁寧に着たわけでもない。
私が困っているのは、ここがクラピカの部屋だからだ。私は昨夜、クラピカのベッドで眠った。昨夜、いや、うん、あれは明け方だったけど昨夜と言っておこうかな。
突発的な外泊だったので、私は着替えを持ち合わせていなかった。クラピカの部屋ではよくある事故だ。でも、まさか着ていた服を破られるとは思わなかった。事故に事故が重なった。つまり、ああ、大惨事。
昨日のままのデニムのショートパンツと、上は白いレースの下着。ぱっと見ればメンチをリスペクトしているようだけど、いや、下着は下着だし。
私を窮地に追いやった真犯人、クラピカはまだベッドの中。更に言うなら夢の中。憎らしい程可愛い寝顔。
くそう、いい気なもんだな。困るのはいつだって私なんだ。私は立ち上がると、正面の壁まで大股で移動した。この一辺の壁は一面が茶色い木の扉になっていて、その扉を開くとクローゼットになっている。
クラピカのクローゼットを勝手に漁るのは気が引けたけれど、そもそもクラピカが私を困らせたのだ。私だって、少しくらい困らせてやる。
取っ手を引くと少しだけ抵抗があった。壁と扉を固定するマグネット製の留め具の為だ。磁力より強い力でマグネットを引き剥がすと、クローゼットから漏れた空気のなかには、多分にクラピカの匂いが含まれていた。そしてその匂いの成分には、彼自信の血液が混ざっているに違いないのだ。
さて、どの服を拝借しようかな。まさかクルタ族の民族衣装は着るわけにはいかないし。ファミリーのお仕事のときに着る白シャツなら、借りても汚しても問題ないかな。なん着も持ってるみたいだし。必要とあれば、この服で闘うわけだしね。
一番着古してそうな一着を選んで、私は袖を通す。第二鈕まで留めて、気が付いた。袖、長いなあ。がクラピカって、こんなに腕長かったっけ。線の細い外見がクラピカを華奢に見せているから、全然気が付かなかった。
首回りもウエストも、私が着るとかなり余裕がある。昨夜、あんなにもクラピカの男の人の部分を痛感させられたのに、こんなことで、まだ思い知らされる。
認識が甘かったってこっなのかな。
不覚。
どきどきする。
悔しいなあ。
「なにをしている?」
突然、後ろから回された腕と声。あ、やっぱり、腕、長いかも。
『ごめん、クラピカ、起こしちゃった?』
「寝ている間に家捜しされたら、目も覚めるよ。その服は私のものか?」
『そう。昨日、誰かさんが私のブラウスを破っちゃったからね』
密着する胸と腕の肌にどきどきしながら、頑張って頑張って平静を装う。寝起きの為、少しだけ高いクラピカの体温に、私の体温も上昇しそうだ。
クラピカはまだ冴えない頭のなかで、昨夜の記憶を探っている。「ああ、そうか、すまなかったな」
『うん、だから、クラピカのこのシャツ、頂戴。私、今から授業だから、帰って着替えてる時間がないんだ』
「駄目だ」
『えー、けち』
まさか断られるとは。意外な展開に私は悪態をつく。いま、反射で言葉が出てしまったぞ。いかん、いかん。気を付けなくては。
「やらんとは言っていない。そのシャツは駄目だ」
『あ、ごめん、なんか思い入れあった?』
「違う、気が付いていないのか」
クラピカは首を振ると、大きく余ったシャツの襟元に左手を突っ込んだ。長くて繊細な指が私の肌を辿って、触れた部分に微かな痺れを残す。
「下着、透けてる。誘ってるのか?」
耳元で囁かれて、一瞬言葉の理解が遅れたけど、耳介を舐められて本能で危険を察知。うわああ、やばいぞ、やばいぞ。
『そんなわけないっ。今から、私、授業だって言ったっ』
「そんな格好で行く気か?いやらしいな、レインは」
言いながら、クラピカは私の右肩のブラ紐をなぞる。「お仕置きが必要だな」
囁かれると同時、無理に引っ張られたシャツの鈕が弾け飛ぶ。ああ、記憶に新しいぞ、この映像。
白いプラスチックの鈕が床にぶつかる軽い音を聞き拾いながら、私は明日にでも着替えを持って来ようと決意した。
end