H×H
□ルドルフにキスと花束を
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私の部屋に着くと、レインは早速ソファーに倒れ込んだ。移動の途中、何度も“大丈夫”と繰り返していたレインだったが、‥‥まったく、どこにも大丈夫と思わせる要素はない。
「レイン、眠るならベッドへ行け」
二人掛けのソファーに窮屈そうに身体を収め、目を瞑ったレインは、呂律の回らない舌で言った。
『まだ寝ないもん』
「嘘をつけ」
『嘘じゃないもん。クラピカに抱っこされてたら、大分酔いが醒めたよ』
「それこそ嘘だな」
私が言うと、レインは眉間に皺を寄せて唸った。公用語とは掛け離れた呻き声のなかで『ちょっと疲れただけだよ』と呟くのを、私は聞き逃さなかった。
「知っている」
私はミネラルウォーターのボトルを取り出し、グラスに二つ注いだ。そのうちの一つをレインに差し出す。
『え?』
起き上がってグラスを受け取ったレインは、首を傾げて私を見た。
「プレゼントを配る際、一つ一つ中身を確認して渡していただろう。電磁波を利用したX線照射で。一回分のコストは安いかも知れないが、あれだけの数をこなしたのだ。疲れないわけがない」
『き‥‥気が付いてたんだ』
顔を赤らめたレインが、グラスに口を付けた。一気に半分まで飲んで、それから大きく息を吐いた。
『はは、皆、気付いちゃったかな』
「いや、気が付いたのは私と数人くらいだろう。少なくとも、レオリオは気が付いていなかったようだが」
『そっか。良かった。プレゼント交換なのに運試し要素がなかったら、ちょっと、興醒めだよねぇ』
残りの半分を飲み干して、レインが笑った。苦笑だった。
「いつから計画していた?」
聞くと、レインが顔を臥せて呟く。『最初から』
『ビスケとヴェーゼに、クリスマスパーティでサンタ役をやってって言われたとき、なんとなく、期待されてるのかなって思ったから』
「それは勘繰り過ぎだ」
私は自分のグラスに口を付けながら、首を二度横に振った。冷たい水を嚥下すると、食道を通って、内部から私を冷やして行った。
レインは『そうかなぁ』と呟くと、グラスを置いて再びソファーに突っ伏してしまう。
『みんなに幸せ配れたかなあ』
「なんだ、それは」
『だって、サンタさんだよ』
「ああ、格好はな」
『サンタさんは、クリスマスの夜に、みんなに幸せを配るのが仕事なんだよ』
「そうか、それは」私は先程レインに渡された小箱を取り出す。「この箱の中身次第ではないか」
掌に乗るサイズの白い小箱は、私の指先で簡単にリボンが解かれてしまう。
『ま、待って』
レインが慌て私の行動を止めに掛かる。「なんだ、見られてはまずいものなのか?」
尋ねると、レインはなにも言わずにソファーに座り直した。
無言で不満を訴えるレインを無視して、包装を解かれた小箱を開ける。
現れたのは、二粒の青
「ピアス?」
『お仕事のとき、邪魔にならないものが良いな、て。そのサイズなら、金属探知機にも引っ掛からないから』
深く静かな青い石のピアス。
小さく冷たい輝き。しかし、その存在感は確かな温度を感じた。
『しょ、職権濫用って思ってるでしょ』
「そうだな。サンタクロースが個人的なプレゼントの配達をするなど、聞いたことがない」
私が言うと、レインは『だって』と呟いた。言い訳が嫌いなレインにとって、それは珍しい発言。余程、サンタクロースの特権を行使したことが、彼女にとってばつが悪かったようだ。
『だって、まさか二人での時間が取れるとは思わなかったんだもん』
そう呟くレインの声が、徐々に小さくなっていく。
「良いのではないか。プレゼントの数はもともと一つ足りなかったからな」
『足りなかった?』
「プレゼントを配り終えても、余ることはなかっただろう?」
『あ、ああ、そういえば‥』
「私が持ってこなかったからな」
『え、そうなのっ?』
レインが瞳を大きくして私を見た。驚きの表情。袋のなかのプレゼントを数えていなかったのか。
ああ、中身の確認に忙しくて、そんな余裕もなかったのか。いつもどこか抜けているからな、レインは。
「私がプレゼントを渡したい相手は、この世でレイン一人だけだ」
そう言って、私は私が用意した小箱を取り出す。白いラッピングシートにピンク色のリボン。大きさは、私が貰ったものと全く同じ。
『え、これ、まさか私に?』
「レイン以外の者にプレゼントするつもりはないと、先程言ったはずだが」
『え、あ、うん、ありが‥‥』
「たから、サンタクロースに渡すプレゼントもない」
『ええっ?』
ピンクのリボンの小箱を上着のポケットにしまうと、レインは悲痛な悲鳴をあげた。可愛いやつ。もう少し遊んでしまいたい気分になる。
『そ、そりゃ、サンタさんはプレゼントを配る側で、もらう側じゃないけどさ、でも、ああ、そうか、今日は私はサンタさんだから‥‥』
落胆を身体中で表現して、レインはなにやら呟いていた。やはり、多少はアルコールが回っているらしい。
「そうだな。今日のレインはサンタクロースだ」追い討ち。意地が悪いことは自覚済み。
「皆に平等に幸せを配る、サンタクロースなのだろう?」
大きな瞳で困り果てるレイン。それを見て笑いが込み上げてしまう私は、心底、意地が悪いと思う。
『でも、でもね』
泣きそうな声で抗議。
『私は、クラピカを幸せにしたい』
「サンタクロースの格好で言われてもな」
困り顔が泣き顔に変わる。少しやり過ぎたか。瞳に溜まった涙を唇で拭う。
顔を真っ赤にしたレインと目が合う。泣いたり赤くなったり。なんとも忙しいやつ。表情筋が筋肉痛になりそうだ。
『じゃあ、このサンタ服脱いだら良いのかな』
思いがけない提案。
俯いて金色の釦に手を掛けるレイン。一つ目を外した所で、その手を制した。
「すまない、やり過ぎた」
相当、機嫌が悪かったようだな。
レインが、皆に幸せを配る、なんて言うから。
赤い服を着たレインを抱き締める。
『クラピカの馬鹿』
「ああ、すまない」
さらさらの手触りの髪を撫でる。驚くほどに小さい身体。でも、その外見からは思いも付かないほどの温かさ。
「服くらい、私が脱がせてやる」
途端に強張るレインの身体。それから、ささやかな抵抗。
私の肩を押し退ける両手を捕まえて、抗議しようとする唇にキス。
『んっ―――ぅん、っは、‥‥ふぁっ‥ぁ‥‥』
甘い吐息。
誘われる。
「Merry Christmas,Miss Santa Claus.」
今宵の出番は無さそうだな、サンタクロース。
どうぞ、我々の知らぬ所で、存分に幸せを振り撒いていてくれ。
私も、
まあ、
目の前の恋人くらいは幸せにして見せるさ。
私は、サンタクロースではなくなったレインに、もう一度キスをした。
end