H×H

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 ゾルディック家はパドキア共和国のククルーマウンテン、つまり、国外にある。


 我々が向かうべきは空港だ。



 レインの左手を握ってマンションのエントランスを潜ると、先に外に出ていたゴンがこちらに駆け寄って来た。


「レインさん、良かった。元気になったんだね」

『うん、心配かけてごめんね、ゴンくん』


 言って、レインは穏やかに微笑む。顔には大きなサングラス。泣いて腫れてしまった瞳を隠すためだ。


 レインにしては珍しいファッションにゴンも戸惑ったが、察してくれたらしい。サングラスを示して苦笑したレインに、彼は笑って言った。

「レインさん、サングラス、似合うね」


 その言葉に、レインが少し顔を赤くして笑う。ゴンが近付くと同時に彼女から離した手が気になったが、その笑顔が見れたから良しとしよう。

「何人かに声を掛けてみたけど、すぐ来れるのはレオリオだけみたい」


 右手に持った携帯電話を掲げて、ゴンが私に報告した。甲虫の形をしたビートル07型。性能の良さは、レオリオとレインのお墨付き。


「いや、充分だ。こちらもバショウとヴェーゼに協力を頼んだ。二人は先に空港で待っている」


『その二人、クラピカの仕事仲間じゃない。護衛の方は大丈夫なの?』


「ああ、大丈夫だ。今のところ、大掛かりな護衛が必要な予定はないからな」


 心配そうに私を見上げるレイン。私の仕事に支障が出ることを、レインは誰よりも嫌っている。


「さて、急がなくてはな。この時間だと渋滞は免れんか」


 夕方の退勤時刻。タクシーも捕まりにくい時間帯。


「ごめん。タクシーを呼ぼうとしたんだけど、この時間、混んでるみたいで、全部断られちゃった」


 ゴンが謝るが、彼の所為ではない。責めたところで仕方がないことだ。

『クラピカ、ちょっと目を瞑っていてくれる?』

「ん、ああ」


 私が目を瞑るよりも早く、レインが道の向こう側に移動する。路駐してある一台の高級車に手を触れると、そのまま運転席の扉を開けた。


『どうしたの?早く来なよ』

「え、あれ?」


 戸惑うゴンと溜め息を吐く私。そうか、自動車は電気制御か。「レイン、お前」


『大丈夫、大丈夫。後で謝れば』


「だからと言って、こんな高級車を盗まなくても良いのではないか」


『高い車の方がセキュリティしっかりしている分、付け入り易いんだよ。盗難にあっても、すぐに見付けられるし』


 後部座席に乗り込みながらレインが言う。


 成る程、目を瞑れとはこういうことか。


 抵抗はあるが、この提案を却下している程時間はない。ここは諦めて、この高級車で空港に向かうしかないな。


 運転席に乗り込むと、身体が質の良い革製のシートに沈みこむ。高級車が高級車たる所以だ。


 組の仕事で何回かこういった車の運転はしているが、それに引けを取らない。何故、こんな所にこんな車が停めてあるのか。金持ちは理解が出来ない。シートベルトを締めながら、私は溜め息を吐いた。


 レインの能力のお陰で、キーを回さなくてもエンジンは掛かっている。運転技術も私ならば問題はない。あとは経路だ。


「レイン、ナビは任せる」


『了解。最短最速ルートで快適なドライブを提供しますよ』


 後部座席から手を振るレインと、バックミラー越しに視線を交わす。私が貸したサングラスは、彼女の顔には大き過ぎたようだ。


 助手席のゴンが慣れない手付きでシートベルトを締めるのを確認して、私はアクセルを踏み込んだ。


『取り敢えず、中央通りに突き当たるまで真っ直ぐ。通りに出たら東に進んで。まだ、空港方面はそれほど混んでいないみたい』


「ああ、わかった」


 頷いて、ハンドルを操作する。備え付けのカーナビよりも、レインのナビゲーションシステムの方が信頼出来た。


「レインさん、ナビするなら助手席の方が良いんじゃない?オレ、替わろうか?」


 助手席に座るゴンがレインを振り返る。きっちり三秒開けて、レインは『大丈夫』と答えた。彼女はシートに深く座り、眠るような態勢をとっている。リラックスしているように見えるが、レインが能力を使う為に集中していることを、私は知っていた。


「ゴン、あまりレインに話し掛けない方が良い。レインは今、可能な限りの情報を収集し、処理することで、私たちが最速で空港に到着できる最良のルートを選択しているのだよ」


「え、そうなの?」


「ああ。同時に、パドキア共和国行きの飛行船の搭乗者リストもチェックしているだろうな。あとは街中と空港の監視カメラ。キルアを見つける為のあらゆる手掛かりを、レインは今から捜しているのだよ。これが彼女の本来の能力の使い方だ」


 視界の端で、ゴンの驚く表情が見える。彼はなにかを言いかけたが、後ろからの声に遮られた。

『ハイウェイで事故。迂回しましょう。次の交差点を北へ行って』


「分かった」返事をするが、私の声は既に聞こえていないだろう。


 ゴンは困ったような表情で、運転している私の方に身体を寄せた。


「クラピカ、これってハッキングなんじゃないの?」


 小さな声でゴンが言う。私は前を見ながら軽く頷いた。「ああ、そうだろうな」


「確かに、法律に違反する行為もあるだろう。しかし、それはレインも知っているし、レインは絶対に他人を不幸にする為に能力を使うことはしない。情報の恐ろしさを知っているのだよ、レインは」


 交差点を曲がると、少し細い路地に出る。後ろから声。『三つ目の信号を左折ね。この辺り住宅や公園が多いから、気を付けて』


 バックミラーの中のレインは、決してこちらを見ない。きっと視界も閉じているのだろう。彼女の目には世界はどんな風に映っているのか、たまに気になるときがある。


 そんなことを言ったら、レインは笑うのだろうな。


 そして、『クラピカと同じだよ』などと、希望を吐くに違いない。




『そのまま三キロ直進』



「ああ」




 全く感情の含まれていないレインの声は、やけに私の耳に馴染んだ。






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