go along the origin

□8.5
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「第三次試験、通過人数25名(内一名死亡)!!」


 終わりの合図と共に、途方もなく長かった三次試験が幕を閉じた。

 72時間。きっちり三日を費やして、私たちはこの悪趣味な塔を攻略することに成功した。主な功労者は、正しくゴンと言って差し支えない。


「ケツいてー」

「あ、そういやお前、あの時‥‥」


 死ぬ程危険な目に遇ったと言うのに、各々が間抜けな感想を呟いている。お互いを労う暇もなく、私は合格者の中によく知った顔を探していた。

 そこに居れば、探さずとも分かる筈なのに。

 疲労で崩れそうな身体を引き摺り、ゴール地点である一階を歩き回る。壁を背に、踞るようにして待機する者。床に寝転がり、次のアナウンスまで疲労回復を図る者。

 平然と、疲れなど感じさせない所作でその場に立っている者。

 余裕の笑みすら浮かべて。

 死神のようなその存在が、彼女が近くに居る証のように思える自分が居て。


 情けなさで吐き気がした。



 どんなに目を凝らしても、ヒソカの隣に彼女は居ない。







 塔から解放された私たちは、協会所有の船に乗り、別の島へと移送される。

 船に乗る直前の籤引きの所為で、レインが不合格だと言う事実を他者から聞かされるはめになった。船に乗り込む際、誰かがぽつりと呟いた。


「13番の子、居なかったな」







 海風と海鳥の羽ばたきを感じながら、私は一人、甲板に佇んでいた。プレートは鞄の中。当然だ。次の試験内容を聞いた者なら、まず最初に自分の番号を隠す。それから疑心暗鬼に駆られながらも情報収集、と言った所か。いつもの私なら、そうしていただろう。

 今の私は、とてもじゃないが冷静とは言えなかった。様々な正の感情を振り切って、もはや脱け殻だった。考えが纏まらない。いや、なにも考えられない。思考の土台となる事実が、私を拒絶するからである。


 レインが脱落した。


 その現実は、私の思考を黒く塗り潰す。

 冷静にならなければならない。次の試験では、何者かが私のプレートを奪いに来るのだから。それは、ゴンかも知れないし、ヒソカかも知れない。誰だとしても、私は生き残らなければならないのだ。冷静になれ。

 でなければ、合格など。


 溜め息と共に邪念を払おうとするが、上手くいかない。腹の底に冷えた気が停滞している。そんな錯覚。

 気怠さに負け、顔を伏せたその時。


 こつんと私の足元になにかが当たった。

 船の傾斜と揺れのままに転がって来たのだろうそれは。


「薬?」


 透明の、薬の瓶。

 しゃがんで拾い上げると、離れた場所から軽薄な声が飛んで来る。


「おーっと、俺様の大事な薬が、偶然にも腑抜け野郎のトコに転がっちまったぜ」

「レオリオ」


 黒いスーツの黒いサングラス。こんな場所でもなければ、話し掛けもしなかっただろうファッション。しかし、今回の試験で最も腹の内を明かしたのは、他でもないこの男である。

 レオリオは私の隣に立つ。瓶を手渡すと、礼を言われた。

「ま、腑抜けには効かない薬だけどな」と、私を真っ直ぐ見て言い放つ。


「クラピカも人の子だったんだな。他人なんて、目的達成の為の踏み台程度にしか考えてねえのかと思ったぜ」

「私自身、ここまで動揺するとは思わなかったよ。同じ試験に挑む以上、充分に有り得た事態なのだがな」


 そう言って、私は笑った。自嘲だ。


「以前、言っただろう。私が怖いのは、この怒りが風化して消えてしまうことだけだ、と」

「まあ、それ聞いて、怒りが消えそうななにかが有ったんだろうな、ぐらいは予想してたけどよ。まさかあんな女の子とはな」

「レインの父君には、本当に良くして頂いたのだよ。孤立した私を保護してくれて、必要な知識と技術を授けてくれた。小さな孤児院だったが、私にとっては一時の安息の場だった」

「そんな大事な場所だったんなら、なんで出てきたんだ?」


 縁に頬杖を突き、レオリオが私を見た。理解出来ない、と言う顔。


「孤児院は、私が来てすぐに閉鎖された。レインの父君が亡くなったのだよ。その後、暫くはレインと二人で暮らしていた。他の子供たちは、奇跡的にも全員里親が決まっていたから、残ったのは私たち二人だった」


 レオリオは私の話を黙って聞いている。特に茶化すこともなく、ただ、黙っていた。


「二人で暮らす時間が蓄積するに従って、私は益々安らぎを覚えてしまった。怖くなって、逃げ出したんだ。それが一年前だな」

「相当相性が良かったんだな、お前ら。大事にしろよ。んな女、二度と現れねーぞ」

「しかしレインは、もう‥‥」

「馬鹿オメー、あんな可愛い子が死ぬ筈ねーだろ」

「容姿と生死は関係するのか?」


 理解出来ないレオリオの理屈に、思わず聞いてしまった。聞いてから、レオリオの性格を思い出した。


「女の子があんな可愛く生まれた時点で、人生勝ち組だろ。ラッキーなんだよ。ラッキーなヤツってのは、なかなか死なねえ。殺したって死なねーんだぜ。大体、あんな華奢でか弱い女の子が三次試験まで漕ぎ着けるなんざ、強運の持ち主としか言い様がないだろ」

「華奢‥‥?」


 そうか、レオリオにはレインが華奢でか弱い女の子に見えるのか。印象と中身ここまで違いが出るなんて、もはや詐欺だな、レインの容姿は。

 なにせ、私は‥‥。

 そこまで考えて、私の思考がある結論に辿り着く。そして、笑いが込み上げた。


「くく‥‥」

「あ?んだよ。気持ちわりいな」


 急に笑い出した私に、レオリオが後退りながら顔を歪める。あんなに落ち込んでいた自分が滑稽だった。

「そうだな、レインが死ぬ筈がない」

「ん、どうした急に?」

「レオリオ、レインは決して幸運などではなく、実力で三次試験まで行ったのだよ」

「で、でもよ‥‥」


 レオリオは納得いかない、といった風だ。レインがか弱い女の子だと信じて止まないのだろう。もしくは、願望。


「レオリオ、私は今まで、レインに腕相撲で勝てたことなど一度もない。ただの一度もだ」


 尚も自分のイメージにすがるレオリオに、私は現実を突き付けた。何故か、レオリオに勝負で勝てたかのような清々しさだった。

 私の言葉に、顔を歪めて驚くレオリオ。その表情が愉快すぎて、私の気分が更に高まる。

 レインは生きている。死ぬ筈がない。私がこうして生き残っているのが、その証拠だ。


「ありがとう、レオリオ。元気が出たよ」


 そう言い残して、私は甲板から立ち去る。考えてみれば、レオリオこそが私を狙う狩人かも知れないのだ。

 まあ、返り討ちだが。

 空は突き抜けるような青空。航海も順調。

 前方に見える小さな島が、次の地獄の舞台だ。






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