go along the origin

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 翌朝、太陽がすっかり昇りきってそろそろ天辺に向かいそうな頃、私たちは高い塔の屋上にいた。


 第三次試験“トリックタワー”攻略。制限時間は72時間。


 私たちを降ろした飛行船は、もう東の空へ飛んで行ってしまった。降りる際に擦れ違ったお爺ちゃんですら、なにも言葉を交わすことはなかった。一瞬だけウィンクをしたように見えたのは、目にゴミが入ったからか、秘密の特訓の一環だろう。


 外壁を降りようとしたロッククライマーを食べ終わった怪鳥が、人間のような叫び声を上げながら飛び去って行く。高度の関係だろうか、怪鳥は私たちには目もくれない。そのことに気が付いた受験生は、一体何人居るのだろう。


 塔は高くて高くて、見渡す限りなにもない。既にロッククライマーの残骸すらない外壁を見下ろしたって、地面すら見えなかった。確実に地面より空気は薄いだろう。ローファーの爪先で、煉瓦に似た素材を軽く叩く。


 さて、実はこのトリックタワー、私には大変心当たりの多い建造物だったりする。というのも、以前、この建築に携わったチームから、この建物のセキュリティに関してアドバイスを求められたことがあるのだ。つまりそれは、この建物の設計図が頭に入っていると言うこと。なんというアドバンテージ。その時は、なんの為にこんな建物を、なんて思ったものだけど、まさか協会絡みだったとは。巧妙なテクニックで隠していたに違いない。私も簡単な返事をしただけで、結局、どっかの大学の教授をアドバイザーとして紹介したのだ。


 どっかの忍者コスプレの人じゃないけど、一人だけ試験内容を知っていると言うのは如何なものか。床下、と言うか塔の内部へ繋がるヒントを探して、下を向いて歩き回っている受験生たち。ちょっとした罪悪感だ。ああ、あの忍者の人はこんな気持ちを一人で抱えていたのね。お辛かったでしょうに。今、貴方を思ってお祈りします、アーメン。


 雲一つない空を見上げて胸の前で指を組んでいると、ヒソカに「ナニしてるんだい?」とつっこまれた。昨夜の落書きは跡形もなくて、頬の星と涙は彼の手によって綺麗に書き直されている。


『べっつにー。ヒソカはなにか見つけた?』

「いや、まだナニも」

『ああ、そう。じゃあ、私、あっちの方調べてくるね』


 ま、このトリックタワーの内部が、何層ものフロアで形成されたダンジョンになっていることは、ヒソカも気が付いているだろう。私たちの足下には、何十人分ものオーラが犇めいている。


 私の取り敢えずのミッションは、ヒソカを撒くこと。お爺ちゃんの“特別試験”をクリアするには、私一人が孤立しなければならない。ヒソカから離れた所で偶然を装いつつ適当な入口に落ちる、と言うのが今のところベストアイディアだ。入口は一度開閉すると、設定を解除するまで二度と開くことは出来ないので、一度離れればそれはヒソカからの解放を意味する。攻略される為にしか造られていないこの塔の、私にとって最大の利点だ。


 塔の内部の地図は把握しているが、問題は試験官の居場所だ。この塔全体の電子セキュリティを統括しながら、外部からの不法なアクセスを受け付けない、そんなシステムを制御する部屋に居る筈なのだが。どうやら、私が昔見た設計プランとは、実際の構造は微細な箇所で違っているようだ。土壇場で修正されたのだろう。設計図のままでは、なにか不具合かトラブルがあったに違いない。


 足下からオーラを伝わせ、電気の流れを探る。内部LANからは独立して、尚且つ外部用の回線が別に設置されている部屋を探す。出来れば、その部屋に至る最短ルートも割り出したい所だ。


 周りを見たら、既に数人は屋上から姿を消していた。ゴンくんやキルアたちは、なにかを話ながらゆっくりと移動している。クラピカはレオリオさんと話していた。人数が減っていることに、彼らはまだ気が付いていないのだろう。ヒソカの姿もまだ見える。くそ、心の中で舌打ちする。早く行けよ。私が入りたい入口は、今私が立っているこの場所にあるのだ。


 気付かれても面倒臭いので、この入口は跨いで三メートル直進。それから、ユーターン。ヒソカはこちらを向いていない。チャンスだ。また三メートル直進した。つまり、お目当ての入口に戻ってきた。


 今度は、跨がない。平均男性の身幅ぎりぎりに設計された入口に、私は思い切りローファーを突き入れた。『おわっ?』なんて悲鳴をあげて、ヒソカを欺く演技にも余念がない。


 振り返ったヒソカと目が合った気がしたが、もう遅い。後の祭り。こっちのもんてヤツだ。


 一秒もしない内に、私は暗闇に飲み込まれた。


 浮遊感なんて味わう間もなく、屋上と同じ建築素材の床に着いたので、態勢を立て直して着地する。ミニスカートが揺れたが気にしない。ショートパンツ穿いてるし、どうせ一人だ。監視カメラはあるだろうけど、試験官一人に見られたってなにも感じない。


 そこは、正方形、というか、ほぼ立方体の空間だった。壁の四辺ともが床と同じ材質。但し、方角にして北側の壁の高い位置から、裸の女の人を象ったオブジェが腰から下を壁に埋める態勢で突き出していた。部屋の中心から見上げると、目にはレンズが埋め込まれ、口の中には舌の代わりにスピーカーが仕込まれているのが見えた。


 女の像はなにも反応しない。起動の為のスイッチがあるのだ。女の下、一メートル程の台の上にあるタイマー。手首に装着するタイプのもので、留め具を固定するとタイマーから信号が発信され、女の像から音か光が出るシステムだろう。この辺りのディテールに、私は関与していない。


 そもそも私はこの塔のクリアが目的ではないので、タイマーに触れずに、システムに干渉するためのオーラを練った。


「ダメダメ★」


 ねっとりとした声と、私の視界が塞がれたのは、オーラが発せられる直前。


 一気に、血圧が上がる。


 私の瞼と、肩に触れる掌を振りほどき、女の像とは反対側の壁際まで飛び退く。壁にめり込む勢いで、声の発生源から距離をとった。


 部屋の中心に、ヒソカが立っていた。そこはさっきまで、私が立って居た場所。なんという完璧な“絶”。


「勝手に壊すなんてダメだよ◆試験官に叱られちゃうだろ◇」

『どうやって、此処に?』


 入口は一度開閉すると、ロックされる。電気に寄らない構造なので、私にはどうすることも出来ないが、ヒソカにもどうすることも出来ないだろう。


「奇術師に不可能はないの◇」とヒソカは得意気に人差し指を立てた。


“凝”を使って、私の身体に“伸縮自在の愛”が付着していることを確認する。一体いつから付いていたのだろう。朝からだろうな。私が寝ている間に付けたに違いない。いやらしいヤツ。


 つまり“伸縮自在の愛”で落ちる私を追い掛け、扉が閉まる前にヒソカも侵入したと言うわけだ。もしくは、オーラを使って、ロックの構造を邪魔したのか。


 どちらにしろ、私にとって大変望ましくない状況だと言える。


「昨夜から様子がおかしかったから、ちょっと注意してたんだよね◆ヌケガケなんてイケナイ子だ◇」

『と言っても、ヒソカ、このルートは一人でしか進めないよ。ほら、アラームは一つしかないもの』私は人差し指で腕時計型アラームを指した。ヒソカはその直線を舐めるように辿り、「そうだね◆」と呟く。


『そこで提案。同盟を破棄して欲しい』

「へぇ★」

『理由は、このルートは一人でしか進めないから。更に言うなら、私はこのルートを進まなければいけない』

「なんで?」

『試験クリアの為。決まってるんじゃん』


 私が答えると、ヒソカは喉の奥で笑った。顔を伏せて、口元に人差し指の第二関節を当てている。


 そして上げた眼光は、私を射抜くレーザービーム。


「ダメだね◇」ヒソカが人差し指を立てて唇に当てた。「ボクはまだ目的を果たしていない◆勝手に同盟破棄なんて許さないよ◇」


『そんなこと言われても、この道は二人では進めない。行けるのはどちらか一人』

「今、あの像のこと壊そうとしてなかったかい?」

『まさか、そんなことしないよ。叱られるもの』

「あ、そう◇」


 ヒソカが女の像を見上げ、その下のタイマーを見る。つまり、私には背中を向けている状態。


 今しかない。


 電磁波の波長を揃え、その背中に真っ直ぐ撃ち込む。


 ヒソカが軽く床を蹴る。私が放った光は女の像の壁を貫いた。


 ほんの一歩分左に移動したヒソカは、私を振り返り、どろどろに溶けたキャラメルのように笑った。





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