go along the origin

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 奇跡のようなゆで卵を味わった私たちは、会長の指示で飛行船に乗り込んだ。飛行船も奇跡のように大きくて、歩いて回るだけで一日を費やしてしまいそうだ。


 その飛行船の操舵室に、二次試験をパスした受験生が呼び出され、ネテロお爺ちゃんと向かい合っている。なんだか、政治家の街頭演説とか校長先生の朝のお話とか、あんな感じ。


 お爺ちゃんは、本来なら最終試験まで出てこないつもりだったらしい。つまり、最終試験の試験官はお爺ちゃんだと言うことだ。お爺ちゃんは受験生をぐるりと見渡すと、「なんともいえぬ緊張感が伝わってきていいもんじゃ。せっかくだから、このまま同行させてもらうことにする」と言って笑った。笑い声が独特だった。


 お爺ちゃんの傍に控えていた秘書の人が、この飛行船の設備の説明と到着時刻を教えてくれた。目的地は教えてくれなかった。三次試験の予測材料になるのだろう、と勝手に自分を納得させる。メンチ試験官と電話していた人と、声が同じだった。


 到着時刻は予定では12時間くらい後だ。休息の時間としては充分。


 受験生の何人かは、直ぐにでも休みたいらしい。廊下の隅に座り込んで、ぴくりとも動かなくなった人が結構居た。


 さてと、どうしようかな。私はカーディガンに包まれたままのタッパーを抱えた。お爺ちゃんは、飛行船に乗った受験生は42人と言っていた。そうなると、おにぎりは一人二つ以上ある。ちなみに、タッパーの一つは、さっきギブアップした受験生たちに渡してきた。


 一人一人配って回っても良いけど、非効率的だ。まずは、人が集まりそうな場所で配ることにする。確かドリンクサーバーのある休憩所があると、秘書の人が言っていた。


 休憩所には、やっぱり半分くらいの人が集まっていた。良かった。部屋の出入口に一番近いテーブルにタッパーを置いて、大きな声を出す為に肺いっぱいに空気を吸い込んだ。


『みなさんお疲れさまですー!!』まずは此処に居る人たちの気を引く。私を見た人たちは、全員が驚いた顔をしていた。『さっきの試験の残りのライスでおにぎり作ったので、良かったら食べてくださーい!!』


 最後に『一人二個です』と付け加える。


「あー、オレはいらねーわ。悪いな」と言って手を上げたのは忍者コスプレの人だった。「忍の習性でな、人から貰ったもん食えねんだよ」とことん忍者を追究しているようだ。


『あ、そうなんですか。じゃあ、誰か三つ食べれますね』

「や、て言うか、怪しすぎるだろ。そのおにぎりに毒が入ってない証拠は何処にあんだよ」

『うーん、そうですね。なんなら私も此処から一つ食べましょうか。そちらが指定したもので良いですよ』


 私が言うと、忍者さんはちょっと言葉に詰まった。忍者さんは私よりも年上なので、年下の女の子相手に大人気ないと感じたのだと思う。まあ、今までの試験傾向からすると、今更受験生同士で潰しあってもなあ、と考えてしまう。それは、この忍者の人も同じだと思う。


 私と忍者さんが見詰め合っていると、部屋の奥で男の人が立ち上がった。「あ、オレ食べるよ」振り返ると、一次試験の時のベースボールキャップの人が近付いて来る。「兄ちゃんたちの分も貰って良いかな」


 タッパーの蓋をお皿代わりにおにぎりを取るキャップの人を、忍者の人は瞳を大きくして観察している。キャップの人が休憩所を出ていくと、何人かの人が立ち上がって、おにぎりに手を伸ばしてくれた。


 おにぎりを食べてくれる流れになったので、私も休憩所から退散する。あとは一人ずつ配っても問題ない量だ。


 カーディガンを着たら、やっぱり少し繊維が延びていた。


 廊下を歩いていたら、個性的な後ろ姿を発見。白髪のポニーテールに和服。足には下駄を装着している。


『お爺ちゃんっ』

「ム?」


 足の早いお爺ちゃんは、ちょっと追い掛けただけじゃ絶対に追い付けない。だから後ろから呼び掛けて、お爺ちゃんの足を止めさせることにした。私を見たお爺ちゃんは、走ってくる私が追い付くのを待っていてくれた。


「おお、お主はレインか。久し振りじゃな」

『うん、久し振り。“園”(ガーデン)では、お父さんがお世話になりました』

「うむ。父君の孤児院には、協会も少しばかり出資しておったからの。しかしまさか、お主が試験に来るとはなあ。あーんなチビッコだったのに、大きくなったもんじゃ」


 お爺ちゃんが「試験はどうかな?」と尋ねて来たので、『ぼちぼちかな』と答えておいた。ぼちぼちと言うものが、どういう物のどういう状態を表現しているのか、正確な意味を私は知らない。立ち話もなんだから、とお爺ちゃんが近くのベンチを勧めてくれたので二人で並んで座ると、ベンチは定員ギリギリだった。


「して、なんの用かな?」

『うん、あのね、お爺ちゃんて、お父さんのこと覚えてる?』

「ウラガンのことか?確かあやつは、民俗学を研究していたハンターだった筈じゃが。何故?」

『えっと、なんて言えば良いのかな。私、お父さんに関する記憶が、なんだか曖昧で。お父さんはなんで死んだのか、とか、“園”はどうして閉鎖したのか、とか。“園”でのことも、全部』


 そう話すと、お爺ちゃんは驚いた表情で私を見た。と言っても、お爺ちゃんはいつも驚いたような表情をしている。それから、お爺ちゃんは顎髭を撫でながら、なにかを考えた。


「ふむ。レイン、お主の能力は、オーラを電磁波に変え、それを電波として扱うことで、電脳ページや通信回線に乗った情報を引き出すものじゃった筈。その場にいながら様々な情報を手に入れられるお主が、何故危険を犯してまでハンター試験を受けに来たのかの?」


『え、それは、えっと。うちに受験票が届いたから』突然お爺ちゃんから質問されて、しどろもどろで答える。答えてから、なんか違うなと思った。『えっと、それから、その受験票に、お父さんの名前が書いたカードがあって、それで、気になって来てみたの』


「ふむ、ならばお主は、ハンターになりたいわけではない、と」

『うん、まあ、資格はあっても邪魔にはならないけど、ハンターとして活動するのかは分からないな。それがお父さんの記憶に繋がるなら、ライセンスは欲しいけど』


 お爺ちゃんは私を見て、「そうか、そうか」と頷く。お爺ちゃんは笑っているけれど、その瞳の奥は決して笑わない。


「ならばお主にライセンスはやらん」


 お爺ちゃんは笑ってそう言った。その言葉は私を通り抜けて、理解するまでに時間が掛かった。


『うん?な、ええっ?』


 え、ライセンスくれないの、この人?驚いた私が妙な叫び声を上げると、お爺ちゃんは「だって、いらないのじゃろ?」と首を傾げる。


「お主は自分の意思で受験したわけではない。ウラガンにどんな意図があって、お主を此処に差し向けたのかはワシには分からん。じゃがお主に必要なものは、ライセンスでないことは明白じゃ」

『でも、ライセンスがあった方が色んな情報を手に入れられるよ』

「お主がアクセス出来る情報量は、ライセンスで許可されたそれよりも膨大じゃよ。今さらハンター証なぞ持った所で、なにも変わりはせん」

『そっか』

「じゃが、ワシはウラガンのことも、“園”のこともお主よりは覚えておる」

『えっ!じゃあ』思わずお爺ちゃんの方へ身を乗り出す。ちょっと退いたお爺ちゃんは、私のおでこを掌で抑えた。


「教えてはやらぬよ」


 お爺ちゃんの表情がちょっとだけ意地悪になる。

「そのかわり、お主にだけ特別試験じゃ」お爺ちゃんはにやりと笑うと、人差し指を顔の横に立てた。その指には、指輪が輝いていた。


「次の試験で試験官を出し抜いてみろ。方法は問わん。それが出来たら、お主を“こちら側”に来ることを歓迎しよう。“こちら側”で見る世界は、今までよりもちぃと変わって見えるかもしれん」


 そう言ったお爺ちゃんの瞳は、さっきまでの試験官の人たちと全く同じ輝きだった。お爺ちゃんの言う“あちら側”の人間は、皆同じ目をするようになるのかな。もしかしたら水晶体を移植させられるのかも、と手術の想像までしてしまった。





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