go along the origin

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 ゴンくんが離れて暫くすると、景色が一転した。森に入ったのだ。同時に、綿飴みたいな霧と野性動物たちのねっとりした気配が途切れる。


 相変わらず陽の光は入らなくて、鬱蒼とはしているけれど、死臭も湿気も含まない空気は新鮮ですらある。


 代わりに、張り巡らされた木々の枝葉や根っこが私たちの邪魔をしたが、積極的に命を取りに来る相手とは比べものにならない。正直、鳥の羽ばたき一つでさえ、トラウマになりそうなストレスだった。


『おっ‥‥と』


 突然、右足を引っ張られる感じがして、次の瞬間違和感を覚える。あ、靴が脱げた。振り返ると、根っこと根っこの間に右足のローファーが挟まっていた。『あらま』


「なぁにやってんだよ。トロくせぇな」


 しゃがんでローファーを根っこから外していると、キルアくんが立ち止まって私を見ていた。後ろから来た人たちが、私たちを避けてどんどん追い抜いて行く。


『ん、ごめん、集中力切れたかも。キルアくん先に行ってて。すぐ追い付くから』まあ、ここまで来たら、目的地なんて一つしかないし。


 私が言うと、キルアくんは肩を落として歩いて来る。疲労なんて微塵も感じられない所作。乳酸溜まんないのかな。そう言えば、キルアくんの心拍も、普通の人よりずっと遅い。「良いよ。霧も晴れたし。このくらいの森なら、オレ、馴れてるし」


『ん、ありがと。優しいね』根っこからローファーを外すと、新品だった筈の革靴は泥だらけの傷だらけだった。うーん、これはなかなか。


「なっ‥優しいとかっ!馬鹿じゃねえのっ?普通だし!」


 顔を真っ赤にして声を荒げるキルアくん。あれ、もしかして、褒められ慣れてない?そうでもないよね。キルアくんの自信と自尊心は、褒めて伸ばされた子の特徴的な性格だ。「ほら、靴はいたんなら行くぞっ」


『あっ‥わっ』


 私の手を引いて、キルアくんは走り出す。木々を避けながら、障害物の少ないルートを選んで、前を走る受験生たちの間を駆け抜けて行く。


 それにしても、速い、速い。さっきまでの走行スピードなんて、比べ物にならないくらい速い。走り易い道を選んでくれてるみたいだけど、こんなスピードじゃ足が縺れちゃいそうだ。あっと言う間に試験官に追い付いて、私たちはまた一番前を走ることになった。


「もう脱げんなよ」私の手を放して、キルアくんが言った。

『うーん、それは靴に言って欲しいなあ。でも、キルアくん、足速いんだねぇ。びっくり』

「ゴンもだけど、あんたも大概だな」

『なにが?』

「いや、なんかもう、良いや。それよりさ、キルアくんての、やめてくんない?キルアで良いよ。オレも、あんたのことレインて呼ぶからさ」

『うん、分かった。ありがとう、キルア』


 笑って頷くと、キルアはなにも言わずに前を向いてしまった。『キルア?』顔を覗き込んでも、「前向いてろ。また靴脱げるぞ」って。あれ、さっきまでと態度が違わない?お年頃の男の子は理解出来ない私なのでした。


 そのまま無言でちょっと走って、私たちは森からも抜けることになる。



「みなさん、お疲れさまです。無事、湿原を抜けました。ここビスカ森林公園が、二次試験会場となります」


 紳士な試験官サトツさんが、丁寧な口調で一次試験終了を報せた。この人、ハンターなんて荒っぽい仕事じゃなくて、もっと上品な仕事の方が似合うんじゃないか。なんて、なにが上品かだなんて、知りもしないくせに。


 森のなかにぽっかりと空いたスペースに、シンプルな建造物。もしかしたら、今回の試験用にこの場所を切り拓いたのかも知れない。そうまでしてこの場所を使いたかったのか、この場所をゴールにしたかったのか、それとも、あの道なき道を通りたかったのか。


 そうなると、あの試験官、上品なんてものではない。「それじゃ、私はこれで。健闘をいのります」とスマートに立ち去る姿も、ちょっと胡散臭い。ほら、姿が見えなくなった途端、“絶”なんてしちゃってさ。こんな疲労困憊な受験生相手に「無事に」なんて言えちゃう所が凄いよね。


 一次試験の試験官を見送って、漸く受験生たちの緊張感が緩む。空間自体が弛緩したような、そんな錯覚。それでも、キルアはまだ張り詰めていて、さっき私たちが出てきた森をじっと見据えていた。


 心配なのかな。そりゃそうだよね。追い掛けたかったくらいなんだから。『大丈夫だよ』ちょっと不安気なキルアに、後ろから声を掛けた。


『ゴンくんたちなら、もうこっちに向かってるよ。なんでか、ルートは分かってるみたい』


 私が言うと、キルアは表情を歪ませて振り返る。「なんで分かるんだよ」

『超能力』

「あっほらし」


 そう言って、溜息を吐きながらキルアは行ってしまった。片足をスケボーに乗せて。あ、良いな、ちょっと楽しそう。


 さて、ゴンくんとクラピカより先に、そろそろ此処へ到着する二人が居る。ヒソカとレオリオさんだ。何故二人が一緒に走って居るのかは知らないけれど、もしかしたら意気投合しちゃったりとか、いや、有り得ないけど、無くは無いんじゃないか。


 でも、実際に現れた二人を見て、私の予測は覆された。一人、ダウンしてるじゃないか。顔にペイントを施した道化師に担がれたレオリオさんは、酒癖の悪いサラリーマンみたいだ。ああ、意気投合して飲み会にでも発展したのかしら。だとしたら、レオリオさんの顔の腫れはなんなのかしら。


 レオリオさんを手近な木に凭れさせるヒソカに駆け寄り、なんだかすっきりしている所か、なんでそんなに嬉しそうなのかちょっと気味が悪いヒソカを確認。同時に、レオリオさんの顔面の悲惨さも確認。あ、いや、腫れのことね。


『ねえ、ヒソカ、これは?』

「大丈夫、殺しちゃいないよ◇」

『分かってるよ。ヒソカが死体をわざわざ運ぶわけないじゃん。そうじゃなくて、このケガ』

「うん、ボクだよ◆」


 悪びれもせずに答えるヒソカに、目一杯二酸化炭素を吐き出して見せた。ちょっと大袈裟くらいで丁度良い。あーあー、もう、どうすんのよこの打撲。私、温めるのは得意だけど、冷やすのはなあ。よく見たら腕もケガしてるし。


 まあ、出血も止まってるみたいだし。ちょっとオーラを当てとけば大丈夫かな。私はレオリオさんの大腿を跨いで、向き合うようにしてしゃがんだ。


「あ、良いな、それ、ボクもしてよ◇」

『ヒソカが瀕死の重症を負った上で、土下座して頼んでくれたらするかもね』


 両手にオーラを集中させて、レオリオさんの患部にそれぞれ当てる。まずは傷の確認。うん、骨と神経は無事みたいだね、良かった脳内出血も無い。腕の方も、皮膚と血管、筋肉が少し切れた程度だ。これなら、次以降の試験も受けられるだろう。オーラの波長を変えて、改めて患部に翳す。生体電気を調整して、組織の再生を促進させるのだ。あんまりやると却って負担になっちゃうから、応急処置程度のものだけど。


「優しいねえ、キミは◆」

『アフターケア。変なのと同盟なんて結んじゃったもんだから、フォローが大変なわけよ』


 処置を終えた私が立ち上がると、ヒソカは喉を鳴らして笑った。正直、ちょっとイラっとしてしまったので、『ま、浮気ですけど』なんて言ってしまう。あ、しまった、蒸し返しちゃった。直後に絶賛大後悔。


「だから、そう拗ねるなって◇それについては、ちゃんと説明してあげるからさ◆」

『いや、結構です。なんか大体分かったから』


 抱き付いてくるヒソカを、アイアンクローで拒絶する。このメイクの下がどれ程綺麗かだなんて、知ったことではない。


 ヒソカの本命の同盟者は、実はもう割り出してある。まあ、通信機持ってるんだから、見付けるのは簡単だ。見付けない方が良かったかな、なんて、絶賛‥‥小後悔くらいかな。あれはキツい。


 まあ確かに、ヒソカもあれと堂々と仲良くしてたら、警戒されて仕方ないでしょ。試験官というか、協会からマークされそうだ。別室試験とか。それよりは、比較的弱そうな女の子と組んでた方が警戒色は薄まるだろう。


 まあ、ヒソカがそんなことを気にしているようには見えないのだけど。もしかしたら、私と一緒に居ることには、別の理由もあるのかも知れないな。あの針まみれの人があれ以上目立ちたくない、とか。


 理由はどうあれ、私はまだヒソカと一緒に居なきゃならないみたいだ。ああ、正午から始まると言う二次試験も思いやられちゃうな。近付いてくるクラピカとゴンくんの発信器に、レオリオから距離を取る私たち。


 森から抜けた二人の顔に、漸く安心出来た自分を発見してしまったのでした。





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