go along the origin
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店に入ると、カウンターの中で料理をしているおじさんに早口でなにかを言われた。多分「いらっしゃいませ」か「今日も寒いですね」のどちらかだと思う。言い馴れ過ぎて、言葉が崩れてしまったのだろう。行書みたいなものだ。
席に案内される前に、割烹着のお姉さんから注文を聞かれた。時間短縮の為か、私たちの格好がただの客に見えなかったからか。きっとこれは両方だ。ピエロと女子高生だもんな。
ヒソカが聞き出した通りに答えると、奥の個室に案内された。個室と言うより、箱に近かった。箱は床面積の殆どをテーブルに支配されていて、更にテーブルは殆どを鉄板に支配されていた。長辺に椅子が二席ずつ準備されていたので、私たちは向かい合って座る。テーブルとして使えそうなスペースは、取り皿とライスを置くだけの面積しかなさそうだ。とても四人で使えるとは思えない。
「鉄板、熱いのでお気を付け下さいね〜」
割烹着のお姉さんが、鉄板に生肉を二枚乗せた。油が跳ねたので、ちょっとだけ距離を取る。
お肉をひっくり返したら、お姉さんは「一分程したらお召し上がり下さい」と言い残して、箱から出て行った。いつでも笑顔を忘れない素敵な店員さんだったと思う。お姉さんの言う通りきっちり一分だけ待って、置いてあったナイフで肉を切り分けた。お会計はどうするんだろう。
お肉はブランド肉で、生焼けなのにちゃんと美味しかった。焼き方は全く弱火でじっくりじゃないけど。私一人で一枚食べれるかな、と心配だったけど、脂が全くしつこくなくて、これなら食べられそうだ。付け合わせのマッシュポテトも美味しかった。
私たちが食事をしているこの箱はエレベーターになっていて、お姉さんが出て行ってから直ぐに降下し始めた。個室の扉の内にも外にも操作パネルはなかったから、扉が閉まったら自動で動くシステムなのかリモコンだろう。それにしても、降りる時の慣性が食事には邪魔だ。折角美味しいのに。ただ、降りる速度はとても遅い。
扉の上の壁の部分に、電光掲示板が取り付けられていた。掲示板には、アルファベットのBとアラビア数字が点灯している。数は一つずつ大きくなっていった。
数字が50を過ぎる頃には、お肉もライスもポテトも食べ終えてしまっていた。一体、数字は幾つまで大きくなるのだろう。暇だったので電線を辿ってみたら、丁度穴の半分だった。掘りすぎだと思う。
ヒソカは私よりも食べるのが速かったので、きっともっと暇なのだろうな。なんて考えながらヒソカを窺うと、じっと此方を見たまま動かない視線とかち合った。暇なんだね、分かるよ。だからそんな、殺したそうな目で見ないで下さい。
『そう言えばこの同盟ってさ、試験会場着いた時点で解消されるの?』
「条件はお互いの目的が達成されるまでだろ◆少なくともボクは、試験会場に着くことが目的ではないよ◇」
ヒソカが蛇のような唇で言った。私は早くヒソカから立ち去りたいのに。割り切るにはヘビーな相手なのだ、ヒソカは。そもそもこいつ、私を同盟相手と言うよりも、獲物としてしか見ていない。グラスの水を一口。
「ボクからも質問、イイかな?」
『どうぞ』
「クラピカと言うのは、キミの本命の名前かい?」
私は口に含んだ水を吐き戻しそうになった。まさか、その名前が出てくるとは思わなかったのだ。つまり、想定外。
ゆっくりゆっくり水を飲み干して、テーブルに出来た水滴の輪にぴったりグラスを戻した。
『相手の本命を探るのはマナー違反だよ』
「そう言うなよ◆毎晩寝言で唱えられちゃ、気になるってもんだろう◇」
『え、うそ、私、寝言なんて言ってた』そこまで言って、ふと気が付く。『あんた私と寝室違ったでしょっ!なんで寝言なんて知ってんのよ!』
「ボクは耳はイイ方なんだよねえ★」
にやにやしやがって、この道化め。本人は奇術師と言い張るけど、絶対に人を茶化す道化師にしか見えない。
「名前の響きからして、昔ルクソ地方に住んでいたクルタ族かい?アソコは四年前に全滅したと聞いたけど◆」
『詳しいのね。それはやっぱり、ヒソカが蜘蛛だから?』
「相手の詮索はマナー違反じゃなかったのかい?」
『そっちが勝手に脱いだんでしょうがっ!むしろ見せ付けてるのかと思ったよ、そのタトゥー』
初対面でいきなり裸になったヤツがなにを言うのかっ!勢い良くテーブルを叩けば、空の皿がかちゃりと鳴った。
ヒソカは肩の辺りに手を当てて、「ん、あれ、また剥がし忘れてたのか」と呟く。なんのことか分からなかったけど、ヒソカはそのまま続けた。「まあ、良いや☆確かにボクは四番だけど、クルタ族を襲った時には参加していない◆その時は別のヤツが四番だったからね◇」
そう言って笑うヒソカ。まるで自分は無関係だとでも言いたげだ。だけどそんなことで納得出来るほど、甘くは出来ていないのだ。幻影旅団はA級指定。試験官に賞金首ハンターが居たらこいつを突き出してやろうか、なんて考えてしまう。
電光掲示板の数字が三つ大きくなるのを見詰めて、私は『そうだよ』と頷いた。『本命の一人、かな。でも目的ではないよ。確かにクラピカはクルタ族。だからもしクラピカに会っても、その背中のタトゥーは見せないでね。きっと怒ると思うから』
私が話すと、ヒソカは愉しそうに笑った。「それは怖い◇」
「クラピカは蜘蛛を怨んでいるのかい?」
『蜘蛛を怨んでいないクルタ族が居るの?』
「さあ、ボクはクルタ族には会ったことがないから、分からないや◆」
それはそうだと思ったので、私は頷いた。だからこそ、クラピカは蜘蛛を怨んでいるのだから。