go along the origin

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 目が覚めたら、白いシーツと白い壁。飾り気のない、シンプルなデザインの調度品。


 頭の芯が痺れるような感覚。随分と眠っていたようだ
。関節の稼働が鈍い。身体中に錆が浮いたみたい。そこで漸く、自分の身体が情報から解放されていることに気が付く。


 上半身を起こして、首を傾けてみる。意味はないけど、こうすることで、電波の感度がよくなる気がするんだ。ほら、電波が入らない場所で携帯電話振る人、居ない?あんな感じ。


 とにかく、ここは何処なんだろう。何処かのホテルなんだとは思うんだけど。GPSで位置検索。ん、あれ、“機巧天使”が居ない。ああ、オーラ残量が少ないのか。オーラを“練”ろうとすると、身体中が警告として鈍痛を発してくる。分かった、分かったよ。頭に手をあてて、痛む身体を宥める。見馴れない色の寝間着を着ていた。


 えっと、頭が回らない。なんで身体がこんなに重いのだろう。眼球すら、動かすと、私のものではないみたいに軋む。サイドテーブルにテレビのリモコンを見付けたので、適当にチャンネルボタンを押した。


 用途が分からないほど大きなディスプレイが信号をキャッチして、電源が入る。軽快な音楽と共に、男の人と女の人が一人ずつ、並んで座っている映像。テロップと話している言語は公用語だったので、すぐにその番組がニュースだと分かった。時計が画面の左上にデジタル表記されていた。でも、ニュースは国際情勢を淡々と流すばかりで、ローカルな情報はない。


「や、起きたのかい◇」


 私がチャンネルを変えるより早く、背の高い男が部屋に入って来た。髪を上げて、派手なメイクをしている。ああ、なんか見覚えがあるぞ、この顔。


『ああ、そうだ。確か、えっと、ヒソカだっけ?』


 自分の声がひどく掠れていて、驚く。ヒソカは口の端を吊り上げて、笑いながら近付いて来る。「正解」


『ね、此処、どこ?今、何月何日?て言うか私、なんで寝てるの?』

「覚えてないのかい?」

『港の灯りがぼんやり見えた所までは覚えてる』


 ヒソカがペットボトルの水を差し出して来るので、受け取る。開封してあるのが気になるけど、変な臭いはしないし、なにも混入されていないことを願いながら一口飲んだ。


「じゃ、キミ、甲板から落ちたのも覚えてないのかい?」

『あらま、なんで?揺れても大丈夫なようにしてたんだけどな』

「本当に覚えていないみたいだねえ◆」


 ヒソカは私が寝ているベッドの端に座り、喉を鳴らして笑った。手にはもう一本ミネラルウォーターのペットボトルを持っている。なんで開封済の方を渡されたんだろ、私。


「キミ、あのまま港に突っ込んだんだよ◇」


 ヒソカが私を見て、訳の分からないことを言った。水が入ったペットボトルは、今の私には重く感じられて、私は両手でペットボトルを持って中身を飲んだ。


『甲板から落ちて、港に投げ出されたってこと?』

「いや、船ごと港に突っ込んで、その衝撃で甲板から落ちたってこと◆」

『え、なにそれ』


 なにそのテロリズムな状況。私、そんなことしたの?


「キミ、“練”のまま意識をとばしただろ◆それでそのまま、あ、丁度ニュースがやってるねえ◇」


 ヒソカはそう言って、テレビのリモコンで音量を上げた。キャスターのお姉さんが、神妙な表情でチェストアップされていて、画面の下に「豪華客船港に侵入、船長死亡」と書かれていた。


「一昨日未明、大型客船“ブルーオアシス”がドーレ港に侵入した事故について、船長であるxx氏が事故の起こる六時間前には死亡していたことが、警察の調べにより判明しました。また、事故の直前、副船長はxx氏から指示を受けていたとの報告がおり、警察はxx氏が何らかの事件に巻き込まれた可能性があるとみて、事故の原因と合わせて調査を進めています」


 キャスターのお姉さんが原稿を読み終えたタイミングで、画面が港へと切り替わる。船は正面から港に突っ込んでいて、コンクリートを三メートル程穿っていた。救出された乗客の様子から、映像は事故の直後の録画だと判断する。映像の空はまだ暗く、港に殆ど人が居なかったことを知らせていた。良かった。乗客に重軽傷合わせて四人と書いてあるが、死者はなかったとお姉さんが補足した。


『ね、ヒソカ』

「なんだい?」

『報告されてる乗客数が二人少ないよ』

「ボクたちのことだろ◇」


 ヒソカの答えは、私の予測していたものだった。此処が病院ではないことが、判断材料の一つだった。ヒソカから貰ったミネラルウォーターは冷たすぎて、まだ唇を湿らす程度にしか飲めていない。


「ボクたちがあの船に乗っていたことは、ボクたちだけのヒミツだよ◆」

『どうして?ハンターが乗っていたのなら、全部ハンターの所為に出来るのに』

「だからだ。副船長の報告に、ボクらは居ない◇」


 ニュースは、既に次の話題に移っていた。ヒソカがリモコンでテレビを消した。それから、此処が副船長が個人的なコネクションを持つホテルだと言うことを話された。副船長の好意だと説明されたけど、乗客のなかで一番衰弱していただろう私を医者に見せないのは善意の対応ではないと思うので、ヒソカが上手に誘導したのだと勝手に推測した。私ら、密航者だしね。


『そっか。有り難うね、ヒソカ。ハンターだったのは驚いたけど、お陰でブリッジに入ることが出来たよ。感謝してる』


 テレビを消した部屋に、静寂。あれ、私、変なこと言った?


 顔を上げてヒソカを見ると、ベッドに腰掛けた態勢で私を見たままだ。口の端を吊り上げて、制止している。テレビと一緒に電源が落ちちゃったのかな。


『ヒソカ?』

「ボク、これからハンター試験受けに行くんだけど◆」

『え、でも、ハンター証持っていたじゃない』

「ああ、アレはニセモノだから◇」


 そのままの表情で答えるヒソカに、私は顔を歪めた。


「ボク、ハンターだなんて一言も言ってないし◆」

「そもそも、ハンターだったら密航する必要はないしね◇」

「あのチケットを見破ったキミなら、すぐにバレるだろうと思っていたケド◆」

『あんな状況で確認出来るかあっ』


 べったりと笑う悪趣味なメイクを見たくなくて、私は膝にかけていたシーツを投げつけた。





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