Baby,sing a song.

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 始めに確認したのは、白い天井。


 それから、白い壁。



 少し遅れて、高い声。


 そして足音と、扉の開閉する音。



 慌ただしく、流れる空気。



 声は女性のものです。


 でも、何と言っているのかは、分かりません。



 止まっていた思考を再稼動させるのに、少し時間を要するようです。



 徐々に、頭の中から記憶を引き出していきます。


 その作業をしているのは、私のはずなのに、私ではないようで、妙な違和感。


 感覚のズレを意識しながら、再び目を瞑ります。



 断片的な記憶が、現れると同時に思考で繋がれて、私は『ああ、』と呟きました。


 声を出したかは、分かりませんでしたが。



 私は、神経を辿るように、慎重に、右腕を持ち上げました。


 重く鈍いその物体は、布団を持ち上げ、顔の前へ。


 瞼を開けて、視覚で確認。



 肘から手首にかけて、包帯が巻かれたその腕は、もう痛みはありません。


 見た目とのギャップに、また、違和感。


 でも、違和感でさえも、自覚させる事実。



『まだ、生きてる』


「ああ、生きているよ」



 思いがけず懐かしい声に、私は飛び起きました。



「駄目ですよ、いきなり動いたら」



 上体を起こした私の背中に、蔵馬さまがお手を添えて下さいますが、私はそれどころではありません。



 そう、それどころではないのです。



 だって、蔵馬さま。


 蔵馬さまなんです。



 蔵馬さまが、象徴とも言えるあの笑顔で「おはようございます」なんて仰るから、


「気分はどうですか?」なんて尋ねられても、私は呆然とするしかないのです。


『蔵馬さま、ご無事で?』


 辛うじて私が呟くと、春の笑顔が哀しさを湛えます。


 器用なことです。


「俺の台詞ですよ。

 立場が逆転しましたね」



 にっこりと、そう仰って、蔵馬さまが水差しを手に取ります。


 対になっているグラスに、淀まない仕草で水を注ぐと、私に手渡して下さいました。



 落とさないように気を付けながら、両手で受け取ります。



『あの、ここは?』


「医療施設ですよ。

 さすがに出血が酷かったものですから」



 グラスを手放した蔵馬さまの掌が、私の頬に触れます。


 温かい。


 その熱に抵抗もせず、少しの間、グラスの水の揺れを目で追って。



「紗々、」

 声と共に


 焦点を蔵馬さまに合わせた時には、器用な笑顔はありませんでした。



「話が、あるんです」


 昏い昏い、蔵馬さまのお声。


 深い深い、蔵馬さまの双眸。


 また、そんな表情をなさるのね。



『大事なお話?』


 私が挑発的に窺うと、蔵馬さまも瞳以外で笑います。


「そう。

 だいじな、大事な話」



 2度も繰り返されるなんて、余程の大ごとに違いありません。


奇遇なことです。


 私も、とびっきりのお話があるのです。








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