Baby,sing a song.

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 優しい声で、目が覚めました。


 しだいに浮上する意識に、頭の中でリセットされていた記憶を脳が組み直していきます。


 ああ、そうだ。


 ここは魔界で。


 人間界に行った私が、こんな所にいるのは、私を狙う妖怪に攫われたからで。


 私を今起こしているこの人たちは‥‥


――‥‥揚羽さんと立羽さん。



『‥‥おはよう、…ございます』


 半分は、夢の中で挨拶をして、起き上がることを試みます。


 でも、関節がなんとなく重い。



「おはようございます。紗々さま。

 ‥如何なさいました?」


 揚羽さんの声が、思っていたより遠く感じて、声の元に手を伸ばしました。


 すぐに触れることの出来る、揚羽さんのお顔。



「紗々さま?」


 私の行動を不振に思われたのか、揚羽さんが私の顔を覗き込みました。



 それでも、声はやはり遠くて。



 それだけではなく、頭‥‥いえ、感覚全部が、鈍い。



‥‥‥毒が抜け切ってなかったのでしょうか。



あんなにからかわれてまで飲んだ滋養強壮ドリンクも、解毒作用の足しにはならなかったのでしょうか。


「紗々さま。大丈夫ですか?」


ベッドに乗り上げるようにして、立羽さんが言いました。


少し幼さの残るその声も、気になるのは、脳に届くまでのタイムラグ。



 蔵馬さまのお顔を見たら、ご挨拶よりもクレームが先ですね。



『大丈夫です。すみません、私、寝惚けていたようですね。

 おはようございます。揚羽さん、立羽さん』



 蔵馬さまへの文句を考えながら、私は精一杯微笑みました。





 揚羽さんたちに急かされるまま、顔を洗いに寝室を出ると、リビングに蔵馬さまのお姿はありませんでした。


キッチンとダイニングテーブルも綺麗に片付けられていて、始めから、誰も居なかったのではないかとさえ思えるほどです。



 書斎の扉の向こうからは、何の物音もしません。




 顔を洗ってベッドルームに戻ると、蝶の名前のお二人が、シーツの上に色とりどりの衣装(恐らく私の本日のファッション候補でしょう)を広げて、思い思いのコーディネートを披露していらっしゃいました。


 綺麗な布地に囲まれて、ああでもないこうでもないと手に手に服を翻らせる様は、蝶のように華やかではありましたが、今日もお二人の着せ替え人形ならぬ着せ替え人魚になるのかと思うと、少し憂鬱でもあります。



『揚羽さん立羽さん、蔵馬さまはどちらへ行かれたんですか?』



 白熱してきた議論を中断させてしまいますが、寧ろ中断させるべきだと判断し、私は疑問を投げ掛けました。



「蔵馬さまは、朝早くからお仕事に行かれました」


「丁度、私たちと擦れ違うように出て行かれましたよ」


『そうですか…』


 私は再びキッチンを振り返り、その生活感のなさに、少し心配になりました。


 蔵馬さま…朝食も召し上がっていないのでは?



 昨夜も寝ていないようですし、大丈夫なんでしょうか。



 私が、まだ怠さの抜け切らない頭で考えていると、突然両手を引っ張られ、我に返りました。



「紗々、そんな所に立ってらっしゃらないで、さあ、こちらに」


「そうですよ。

 今日はお客さまもいらっしゃることですから、とびきり可愛らしくと蔵馬さまからも言われておりますし」


『お客さま?』



 意外な単語に、躓くようにしてベッドルームへ入りながら、聞き返しました。


 そんなこと、昨夜は一言も聞いてません。




「お昼頃に、蔵馬さまもお戻りになるそうですよ」


「ですから、今日もうんと素敵になさらないと」



 揚羽さんたちがご持参したらしい鏡台と、丸い椅子。


今日の方向性が決まったらしく、お二人は迷わず服と化粧道具を手にして、私に向き直りました。











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