Baby,sing a song.

□9.5
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 国内外の情勢をまとめた資料を粗方読み終えて、蔵馬は大きく息を吐いた。



 天井を見上げて背もたれに身体を預けると、ぎしりと椅子が悲鳴をあげた。




 瞳を閉じて、リビングを挟んだ向こう側、寝室に居る少女を思う。



 歌声は既に止んで、綺麗な時間は終わっていた。


 このまま、この世の全てを綺麗に出来るのではないかと、馬鹿げたことを考えてしまう。



 馬鹿げてる。



 世界中の何かを綺麗にしても、きっと、俺は汚いままだ。




 紗々は、綺麗なものを持っている。



 その綺麗なものが欲しいのか、


 それとも、紗々自身が欲しいのか、


 どちらなのかは自分でも判断し難いが、それでも、紗々が黄泉の為に死ぬのは嫌だ。



 エゴでも。我儘でも。




「八つ当たり…ねぇ」


 自嘲気味に呟く。


 嫉妬とは言わない。



 羨ましいわけじゃない。




(「あの娘はね、呪われているんだよ」)


 出立前に聞いた、幻海師範の言葉を思い出す。


(「人魚の呪いさ。

 あたしもあの娘と生活してみて、よく分かった。


紗々は自分で呪いをかけたんだ」)




 人魚の意志を遂げ、人魚として死ぬ。


 紗々は、そう育てられたのだと聞かされた。


 種の保存のため、紗々が選ばれたのは、人魚の意志ではなく、紗々の祖母である、長の意志。



 もっとも、紗々が純血であることに変わりはないのだから、人魚の意志でも紗々が選ばれた可能性は高いのだが。




(「ババアってのは、孫には甘いもんなんだよ」)


 そう言って、幻海師範は笑っていた。



 人魚としての死ではなく、人間としての生を。



 それが、紗々の祖母の思いだ。



 不可能ではない、と思う。



 その代わり、人間として生きるためなら、紗々はかなりの代償を支払うことになる。



 紗々自身に、その意志がなければ‥‥





「‥‥‥汚いなぁ」



 こんなにも、自分は汚い。



 紗々に怨まれるかもしれない。



 いや、怨まれる。多分、確実に。




 それでも、俺は、紗々の死を望んではいない。


 そんなもの要らない。




 怨まれても良い。



 汚くて構わない。




 俺が紗々に支払えるものは、それくらいしか持っていない。





 その程度でキミが手に入るなら、上等だ。




 ねぇ、そうでしょう?




 紗々‥‥













 

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