Baby,sing a song.

□06
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 張り付くような、湿った空気。


 むせ返るような障気。


 私は懐かしい匂いの中、意識を取り戻しました。


 身体が動かない。

いえ、感覚がない、と言った方が正確でしょう。

後ろ手に拘束され、床に転がされている、そのくらいしか、状況が把握出来ません。


 刺された脚の痛みさえ、認識出来ないことを考えると、恐らく、あの刃物には麻酔薬でも塗られていたのでしょう。


 瞼を開けても、視界は未だ白んで、像を結びません。

血が、足りないのでしょう。


 でも、見えなくても、分かります。ここは…


『魔…界‥‥?』


「ほう。もう意識を取り戻したか」


 私の声に反応して、どこかから聞こえる、男の声。

 私は、声と妖気と匂いを辿って、見えない目を、そちらに向けました。


「まだ視力は戻っていないみたいだが‥‥。まぁ、あの失血ならば仕方ないだろう」


 足音で、私に近づいてくるのが分かります。


どうやら、私にあの軟体妖怪を差し向けたのは、この男のようです。

アレから放たれていたものと、同じ匂いがしますから。


「しかし、一滴で山をも喰らう巨身鬼でさえ3週間は動けなくする薬が、半日で解毒されるとは…さすが純血の人魚、というところか」


 それは薬とは言いません。毒です。


「だが、それでなくては困る。

人魚の血は万病の霊薬。心臓は不老不死の霊薬。眉唾と思っていたが、出鱈目という訳でもなさそうだ」


 ああ、この方も、私の心臓を狙っているのですね。


「特に、純血の人魚の心臓は、喰らえば妖力が何倍にも増大するらしいな」


 男は私の髪を掴んで、顔を上げさせました。毒の所為で痛みはありません。 

 視界が明るくなってきます。私の血が、解毒をしつつあるのでしょう。


痛覚も、少しずつ戻ってきます。


 一番、はっきりと感じるのは、脚の痛み。


刺されたのは太腿のようです。そこに、痛みと熱を感じます。


 視力が戻ったところで、私は男の顔に焦点を合わせました。


 鱗に包まれた皮膚。鋭い目付き。水の匂いと、血の匂い。


それに混ざって、黄泉さまの匂い。

『貴方は、黄泉さまの…?』

「さすがに、鼻が利くな。
 ああ、癌陀羅の軍事総長だよ」


 軍事総長、そんな地位の方が、こんな勝手な真似を?


『ここは…何処ですか?』

「癌陀羅だ」


『その割りには、黄泉さまの妖気も、匂いも感じませんが?』


「特別に作らせた地下室だ。黄泉はどんな声も聞き分ける。
一人で策略も練れやしないからな」


 成る程。この男は、この部屋で、プライバシーを守ってきたのでしょう。


『それで、私に何の用ですか?』


 分かり切ってはいますけど、一応、訊ねてはみました。


「力が必要だ」


 男が一言、そう言います。


「俺の地位を確固たるものにする為に、力が必要だ」

『つまり、貴方の軍事総長という地位が、現時点で危ぶまれている訳ですね』


「うるさいっ!!!!」


 図星のようです。


 軍事総長殿は私を壁に叩きつけるように棄てると、踵を返して、背後のテーブルに向かいます。


水だか酒だか、透明の液体の入った瓶を掴むと、煽りながら戻って来ました。


「フンッ…」


 男は鼻で笑うと、持っていた瓶をひっくり返しました。


私の、頭上で。


抵抗する気もない私の脚は、あっという間に鱗を施した尾鰭に変わりました。


太腿に受けた傷の部分は、鱗が捲り上がり、未だに僅かな出血があります。


尾鰭と変化したことにより、筋肉が動いて、傷口が開いたのでしょう。


「脆弱なものだな、人魚」


 鱗を湛えた太い指が、私の顎を掴みます。

目の前には、下品な笑顔。

「お前みたいな妖力の低い者を喰らって、本当に強くなれるものか、甚だ疑問だが、それで奴等を倒せるなら、試してみる価値はありそうだ」


『奴等…というのは?』


「俺を侮辱した狐野郎だよ。新参者のくせに、何かと目障りだ」


『他には?』


「黄泉に決まっているだろう?あいつを倒して、次に死にかけの雷禅と躯も倒し、俺が魔界を支配してやる」


 この男、もとより、忠誠心など持ち合わせていないようです。


「だがしかし、お前、なかなか美しい顔をしているな」


 …それはどうも。


 あまり、お顔を近付けないで頂けますか。見るに堪えかねます。


「このまま、心臓だけ喰らうのも惜しいな。


 抵抗しなければ、半刻は生き長らえるかも知れんぞ。


同じ水の眷属。似た者同士、仲良くしようじゃないか」









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