Baby,sing a song.
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ピンポーン
部屋中に、軽快で機械的な音が響きました。
昨日、蔵馬さまに教えて頂いたものです。
この音が鳴ったら、お客様がいらっしゃった証拠だと。
ですが、…あれ?
時計の針は、まだ、9時半。
桑原くんがいらっしゃる時間よりも、ずっと早いです。
あ、でも、桑原くんでしたら、1時間や2時間くらい、早くいらっしゃっても、不思議ではないのかも知れません。
私は、玄関の鍵を解除して、扉を開けました。
でも、あら?
そこに立っていたのは、桑原くんではありませんでした。
桑原くんより、ずっと小柄で、黒髪の、どちらかといえば、大人しそうな男の子です。
お部屋を間違えたのでしょうか?
『…えっと、どちら様ですか?』
突然の来客に、私はびっくりつつも、笑顔を作って、男の子に尋ねました。
男の子は、口元だけで笑顔を表現して、
「お早うございます。朝早くにすみません」
と仰いました。
どうやら、お部屋を間違えた等のハプニングではないようです。
「オレ、南野秀一の弟の、畑中秀一といいます。
昨日から、兄がこちらにお世話になっていると伺ったので…」
相変わらず、口元の笑みは崩さずに、畑中秀一さんは話し始めます。
その様子に、私は、違和感を覚えずにはいられませんでした。
「あの、立ち話もなんですし、上がっても良いですか?」
『え?あ…あ、はい。
すみません、私ったら、気が付きもせずに』
私は扉を完全に開ききり、蔵馬さまの弟と仰る少年を部屋に招き入れました。
蔵馬さまの弟さんでしたら、失礼があってはいけませんし、見たところ、この方の身体は人間のもの。
桑原くんのように、霊力が特別強い、ということもないようですし…
微かに、蔵馬さまの匂いもします。
人間界で、蔵馬さまと所縁のある方には、間違いないようです。
『どうぞ、御上がりください』
11時になれば、桑原くんがいらっしゃいます。
それまで、何事もなければ良いのです。
私は畑中秀一さんを、リビングに通しました。
『今は、お兄さまはこちらにいらっしゃいませんの。
折角来て頂いたのに、申し訳ないのですが』
私は、畑中さんに椅子を薦めながら話します。
蔵馬さまにご用事でしたら、お引き取り願えるかも知れません。
でも、弟さんは、笑みを張りつけたお顔のまま、私を見上げます。
「知ってますよ。
もう、向こうに着いた頃じゃないですか」
――向こう…というのは、魔界のことですよね、やはり。
蔵馬さま、ご家族には、ご自身の正体を秘密にしていらっしゃるはずなのに…
「オレは、あなたに用があるんですよ。
…――――紗々」
蔵馬さまの弟さん、畑中秀一さんが、ゆっくりと近付いて来ます。
ゆっくりと、相変わらずの笑みを湛えて。
私はここでようやく、この方の違和感に気が付きました。
この方は、気配が2つある。
匂いも、蔵馬さまの匂いに紛れて、微かに、他の妖怪の匂いがします。
どうして、気が付かなかったのでしょう。
『貴方は――…』私は、後退りをして、畑中秀一から距離を取ります。
この匂いは、とても馴染みある匂い。
『貴方は、何者ですか?』
これは、
―――水の眷属の匂い。