Baby,sing a song.

□05
2ページ/3ページ








 ピンポーン

 部屋中に、軽快で機械的な音が響きました。


昨日、蔵馬さまに教えて頂いたものです。

この音が鳴ったら、お客様がいらっしゃった証拠だと。


 ですが、…あれ?


 時計の針は、まだ、9時半。

桑原くんがいらっしゃる時間よりも、ずっと早いです。


 あ、でも、桑原くんでしたら、1時間や2時間くらい、早くいらっしゃっても、不思議ではないのかも知れません。


 私は、玄関の鍵を解除して、扉を開けました。


 でも、あら?


 そこに立っていたのは、桑原くんではありませんでした。


桑原くんより、ずっと小柄で、黒髪の、どちらかといえば、大人しそうな男の子です。


 お部屋を間違えたのでしょうか?

『…えっと、どちら様ですか?』

 突然の来客に、私はびっくりつつも、笑顔を作って、男の子に尋ねました。


男の子は、口元だけで笑顔を表現して、
「お早うございます。朝早くにすみません」
と仰いました。


 どうやら、お部屋を間違えた等のハプニングではないようです。


「オレ、南野秀一の弟の、畑中秀一といいます。

昨日から、兄がこちらにお世話になっていると伺ったので…」


 相変わらず、口元の笑みは崩さずに、畑中秀一さんは話し始めます。


 その様子に、私は、違和感を覚えずにはいられませんでした。


「あの、立ち話もなんですし、上がっても良いですか?」


『え?あ…あ、はい。

 すみません、私ったら、気が付きもせずに』


 私は扉を完全に開ききり、蔵馬さまの弟と仰る少年を部屋に招き入れました。


蔵馬さまの弟さんでしたら、失礼があってはいけませんし、見たところ、この方の身体は人間のもの。

桑原くんのように、霊力が特別強い、ということもないようですし…

微かに、蔵馬さまの匂いもします。


人間界で、蔵馬さまと所縁のある方には、間違いないようです。


『どうぞ、御上がりください』


 11時になれば、桑原くんがいらっしゃいます。

それまで、何事もなければ良いのです。


 私は畑中秀一さんを、リビングに通しました。


『今は、お兄さまはこちらにいらっしゃいませんの。

 折角来て頂いたのに、申し訳ないのですが』


 私は、畑中さんに椅子を薦めながら話します。


蔵馬さまにご用事でしたら、お引き取り願えるかも知れません。


 でも、弟さんは、笑みを張りつけたお顔のまま、私を見上げます。


「知ってますよ。

 もう、向こうに着いた頃じゃないですか」


 ――向こう…というのは、魔界のことですよね、やはり。


蔵馬さま、ご家族には、ご自身の正体を秘密にしていらっしゃるはずなのに…


「オレは、あなたに用があるんですよ。

 …――――紗々」


 蔵馬さまの弟さん、畑中秀一さんが、ゆっくりと近付いて来ます。


ゆっくりと、相変わらずの笑みを湛えて。


 私はここでようやく、この方の違和感に気が付きました。


この方は、気配が2つある。

匂いも、蔵馬さまの匂いに紛れて、微かに、他の妖怪の匂いがします。


どうして、気が付かなかったのでしょう。


『貴方は――…』私は、後退りをして、畑中秀一から距離を取ります。


この匂いは、とても馴染みある匂い。


『貴方は、何者ですか?』

これは、


 ―――水の眷属の匂い。






次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ