Baby,sing a song.

□4.5
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 東の空が白んできた頃、蔵馬は自分の腕の中で微睡む少女を眺めていた。


一刻前まで、彼女の唇から流れていた歌声は、今では安らかな寝息と変わっている。


ガラスで出来た楽器のような、そんな、紗々の繊細な歌声は、彼の短い睡眠時間を、深いものにさせていた。


 朝特有の気怠さと、寝起きの爽快感、相反する感覚に、まだ夢の中にいるのかと、軽く錯覚する。


 ああ、でも、早く行かなければ。

約束の時間までに、幻海の寺に着けなくなってしまう。


 蔵馬は、まだ連結の鈍い関節を動かして、身体を起こす。


紗々を起こさぬよう、気を付けながら。


『ん…』


 寝付いたばかりで、まだ眠りが浅いのか、紗々が少し身動ぐ。


急に離れた温もりを求めて、紗々の細い指が、蔵馬のシャツに縋った。


どうやら、辿り着いた体温に満足したらしい。彼女は、自分の指の感覚を追い、身体を寄せた。


「…まいったなぁ」


 それは、とても、些細なこと。


それでも、蔵馬は呟いた。


「振りほどき辛いじゃないですか…」


 それは、ほんの小さな呟き。


ともすれば、朝靄と掻き消えてしまいそうな。

朝露となって、滴り落ちてしまいそうな。


 この温もりも、か細い寝息も、規則的な鼓動も、…与えられた、少女の歌声も。


 些細なものだ。

 ほんの些細な。


 まったく…

「どうか、しているな」


 そう、どうかしている。


 伝説の盗賊とまで呼ばれた、この俺が。

こんな、300を生きたか生きないかの小娘に。


「…どうかしている」

 声に出して、現実を確認。


 しかし、その声さえ、どこか、遠い。



 俺はまだ、夢の中にいるのだろうか。


そんな錯覚さえ、してしまう。

 それは、

 花の命のような、

 星の光のような、

 誰かの、祈りのような、


 そんな、儚い夢だけれど、

ああ、でも、

 その儚さの、




その儚さの、

なんと、



  救いに  

 
 満ちていることか。










 

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