Baby,It's you.
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お昼過ぎの体育館裏。お日さまは高い位置にある筈なのに、どこか暗くて、なんとなく涼しく感じます。
「なんで、あんたが、ここにいるんだ」
私を、こんな涼しい場所に案内した高瀬さんが、深く、深く息を吐きながら言いました。額に手を当てていますが、頭でも痛いのでしょうか。
『それは、編入試験に受かったからです』
「分かってる。そうじゃなくて」
高瀬さんが、そのお顔の眉間の皺を、ますます深くしました。ちょっと、私にはできない技術です。
あの皺の間に、十円硬貨くらいなら、挟めそうだな、と思いましたが、そんなことをしては、高瀬さんに叱られてしまいますね。
眉間に硬貨を挟む高瀬さんは、私の想像のなかだけに留めておいて、本題に入ることにしましょう。
『私がここにいると、なにか、不都合でもあるのですか?』
「あんた、と言うよりは、俺の仕事を知っている人間が、この学校にいると不都合なんだ」
高瀬さんが、頭に手を当てるのをやめて、こちらを見ました。頭痛が治まったのでしょう。
『高瀬さんが、ピアニストさんだと言うことは、皆さんに知れてはいけないことなんですか?』
ということは、高瀬さんのピアノの音を知っているのは、この学校で、私と蔵馬さまだけということでしょうか。もったいない。あんなに素敵な音ですのに。
「そっちじゃない」
高瀬さんは、首を横に往復させて、否定の意味。
「あの店で働いていることが、まずいんだ。俺は、高校生だし、法律に反してる」
法律、というフレーズが、私の脳内でピックアップされて、意識に残ります。それは、魔界では存在しない単語だからです。
人間界は、いろんな方が提案した決まりごとを、纏め、成文し、それを人々が遵守することで、回っているのでした。それが、法律。力が全てである魔界では、考え難いことです。
高瀬さんは、高校生だから、彩子さんのお店で働くことは、法律に違反するのだそうです。
でも、あら?そうなると‥
「そうか。あんたも、同じか。仕事がばれたら、まずいのか」
『そうですねえ。私も、高瀬さんと、同じお店で働いていますものねえ』
少しだけ瞳を大きくして私を見る高瀬さんと、高瀬さんを見る笑顔の私。
なんのことはないのです。
ただ、二人に、共通の秘密がある、というだけ。
『どきどきしますね。同じ秘密を持つ二人、ですよ、私たち』
「同じ秘密であることは確かだが、どきどきはしないな」
あらあら、残念です。どうやら、この昂揚を、高瀬さんと共感することはできなかった様子。
やっぱり、私の感覚、人間のものとは違うのでしょうか。うーん、人間に擬態するのも、なかなか難しいようです。