Baby,sing a song.
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癌陀羅に戻った私たちは、先ず真っ先に蔵馬さまのお部屋へ直行。
建物内に入ってからは、陣さんと並んで走っていたのですが、私の足では遅れを取ってしまうので、今は陣さんの左腕に抱えられて。
途中、妖駄さんと擦れ違ったような気もしますが、今はご挨拶している時間はありません。
蔵馬さまのお部屋に到着し、ようやく地面に足を付けることが出来ます。
朝は飛び出したくて仕方がなかった扉を開けて、部屋の中へ。
入ってすぐのリビングには、凍矢さんと鈴駒さん、そしてあの和服の方と、見たことのない大柄な男性。
皆さんより、少し、年上?
いえ、外見で年齢を推測しよいだなんて、妖怪に於いては無意味でしたね。
大柄な男性は、私を見るなり大声で、
「おぉっ!これが蔵馬のお姫さんかっ」
‥‥これ?
私のことを示す言葉なのでしょうが、本人を前にして口に出せる方も、なかなかいらっしゃいませんよね。
その上、この方も私を蔵馬さまのもの呼ばわりなんて‥‥蔵馬さまは私のことを、周りに何と仰って廻っていらっしゃるのでしょうか。
まあ、間違った認識については、この方が悪いわけではございませんし、文句は蔵馬さまご本人に申し上げた方が良さそうです。
私は気持ちを落ち着けて、とりあえず、男性にご挨拶。
『紗々と申します。
姫ではなく、気兼ねなく紗々と呼んでください』
「俺は酎ってんだ。
蔵馬のダチのダチってとこだな」
口調から察するに、悪い方ではないようです。
と言うよりも、気になるのは、この方を取り巻くお酒の匂い。
お婆さまと話が合いそうです。
酎さんとお婆さまがお酒を呑み交す姿を想像して、思わず苦笑してしまいました。
ああ、そうです。
今は、そんな場合ではないんです。
鈴駒さんが、急かすような視線で私を見ていらっしゃいますし。
私は酎さんに会釈をして、鈴駒さんと目線を合わせました。
『蔵馬さまは?』
鈴駒さんに尋ねると、キャップの奥の瞳が垂れ下がって、こちらを見ています。
「部屋で寝てる。
今は鈴木が看病してるけど‥‥」
ということは、鈴木さんという方に聞けば、容態は分かるのですね。
鈴駒さんの頭を1度だけ撫でて、ベッドルームに向かいました。
しかし、ベッドルームに続く扉は、私が手を掛ける直前で内側から開けられます。
向こう側、ええ、つまり、ベッドルームの内側ですね。そこに立っていらっしゃったのは、また、面識のない、男の方。
「‥‥美しい」
開口一番、お世辞ですか?
男性がお顔を近付けて来られるので、私は否応なしに後退りながら、確認のために質問しました。
『鈴木さん、ですね。はじめまして。
紗々と申します。
早速ですが、蔵馬さまの容態を‥‥えっと…手を放して頂けます?』
いつの間にか鈴木さんに握られていた両手に、思わず苦笑。
鈴木さんは「おっと、失礼」なんて仰いますが、本当にそう思っていらっしゃるのか、疑問です。
鈴木さんは、閉まり掛けた扉を再び開けて、私を招き入れました。
背後を振り返ってみましたが、皆さんは入ってこないようです。
きっと、ご自分の役割を各々自覚していらっしゃるのでしょう。
私は、広いベッドに、お独りで横たわる蔵馬さまに、視線を落としました。
横たわる蔵馬さまは、それはそれは酷い状態。
外傷こそ少ないものの、お顔色は真っ青ですし、何より、シーツから出た腕はひんやりと冷たい。
その腕に刺さる輸液のカテーテルが、なんとも痛々しく映ります。
脈拍も浅く速く、苦しそう。
「さっきまで意識はあったのだが、ずっと紗々さんのことを気に掛けていましたよ」
『そうですか。
お相手は、どちらの方か分かりまして?』
大体、予想はつきますが。
「前軍事総長、鯱の部下だった者でした」
ほらね、やっぱり。
「本来なら、勝てない相手ではないのですが‥‥」
それも、予想はしております。
『毒、ですね?』
「ええ。よくお分かりで」
蔵馬さまの状態は、毒によるショック症状。
それに、あの男の部下ですもの。
「それと、貴女のことが気掛かりで、集中出来なかったのもあります」
鈴木さんの意外な言葉に、私は瞳を大きくして見せてから、軽く睨み付けます。
『不摂生がたたったのでは?働きすぎだったんですよ』
「まぁ、それもありますね」鈴木さんは否定せず、肩を竦めました。
『まあ、とにかく、使われた毒が、私の時と同じものなら、治療法がないわけではありません』
私は一度、鈴木さんにそう微笑むと、彼を促して、ベッドルームを後にしました。