Baby,sing a song.
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揚羽さんと立羽さんは、蔵馬さまから、私の身の回りの世話を命じられているだけで、蔵馬さま自身のお世話をすることはないようです。
蔵馬さまのことですから、私が心配することではないとは思いますが、やはり、少し、気に掛かります。
蔵馬さまが、どういったお仕事をなさっているのかも、知りませんし。
次に黄泉さまに会ったら、お伺いしてみましょうか。
‥‥‥蔵馬さまの弱点と一緒に。
お昼になって、インターホンが鳴り響きました。
蔵馬さまが帰って来たのでしょう。
私が立ち上がるより先に、揚羽さんが扉に向かいました。
立羽さんは、先程まで盛り上がっていたゲームを片付け始めます。
『もう、帰ってしまうの?』
楽しい時間が終わってしまったことが少し残念で、私はカードをケースにしまっている立羽さんに尋ねました。
「ええ。私たちの仕事は、あくまでも、蔵馬さまがいらっしゃらない間、紗々さまをお守りすることですから」
『そう…ですか』
なんだか、私に良くしてくださるのも、お仕事だからと言われている気がして、少し、寂しい。
「ただいま、紗々」
気落ちして、下がってしまった私の両肩に、後ろから大きな掌が置かれました。
『蔵馬さま、おかえりなさいませ』
私は振り返って、立ち上がろうとしましたが、急に襲われた立ち眩みに、それもままなりません。
「大丈夫ですか?」
ソファーの背もたれ越しに私を支えて、蔵馬さまが顔を覗き込みました。
『…大丈夫です。昨日の毒が、少し残っているだけです』
「それはいけませんね。
今夜も、あのドリンクを飲まないとね」
そのドリンクについて一言申し上げたいことがあるのですが、蔵馬さまはすぐに揚羽さんと立羽さんに話し掛けました。
「君たちも、お疲れさま。
午後は、紗々のことは別の者に任せるから、本来の仕事に戻ってくれて構わないよ。
夜になったら、紗々の着替えと、あと黄泉が集めた果物が届いている筈だから、持ってきてくれるかな。
それ以外に用事があったら、こちらから呼ぶから」
「はい、蔵馬さま」
同じ口調、同じタイミングで、揚羽さんと立羽さんがお辞儀をしました。
そのお辞儀はとても機械的で、やっぱり、お仕事なんだと痛感してしまいます。
「紗々さま、ご用の時にはいつでも呼んでくださいね。」
「また、ご一緒にゲームを致しましょう。決着が着いておりませんもの」
失礼します、と揃って頭を下げたお二人は、最後に綺麗な笑顔を私に向けてくださいました。
「どうしました?紗々」
『え?』
「嬉しくて仕方がない、って顔をしていますよ」
『そ、そうですか?』
慌てて自分の頬に手を当てます。
だって、誰かに、また一緒に遊びましょうと言われたのは、何年ぶりでしょう?
純血であったために、幼い頃から隠れるように生きてきた私には、とても嬉しいことなのです。
「よかったですね」
私の頭を撫でる蔵馬さまに、心を見透かされたような気持ちになりましたが、嬉しさの所為であまり気になりません。
「さて、次からは仕事のハナシ。
―――入ってきて良いですよ、二人とも」
蔵馬さまの合図で、玄関で待機していたのでしょう、二人の妖怪が姿を現しました。
一人は、綺麗な顔立ちをした、でも目付きの鋭い、男の人。その妖気の冷たさに、氷使いであることが予想出来ます。
もう一人は子どもでした。元気の良さそうな大きな瞳で、こちらをじっと見つめています。
「凍矢と鈴駒。ここでは一応、俺の部下になるのかな。
今日からは、この二人が紗々の護衛につきます」
「よろしく」
鈴駒さんは笑顔で片手をあげ、凍矢さんはぺこりと一礼をするだけ。
私はゆっくり立ち上がって、「よろしくお願いします」とお辞儀をしました。
「じゃあ、俺はまた出ますから、あとは宜しくお願いします」
蔵馬さまはそう仰ると、ブーツを鳴らして玄関に向かいました。
そのお背中を、私は慌てて追い掛けます。
『蔵馬さま‥‥あの』
「ん?何ですか?」
顔だけ振り向かれて、口元だけで笑われて。
蔵馬さまは、いつもよりも余裕がないように見えました。
『‥‥お仕事、頑張ってください』
そうじゃなくて、
それもだけど、そうじゃなくて、
食事は済まされましたかとか
夜はちゃんて寝ていますかとか
休養は取られてますかとか
昨日の飲み物の文句とか
申し上げたいことは沢山あったのに、蔵馬さまの顔を見たら、それだけしか言えませんでした。
「ありがとう。紗々も気を付けて」
蔵馬さまは相変わらず微笑んで、部屋から出て行かれました。