Baby,sing a song.
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あれから電車を2回乗り継いで、新しいマンションに到着した頃には、お昼を過ぎていました。
私は、相変わらず、桑原さんと蔵馬さまに挟まれているのですが…。
右側の桑原さんとばかり話していて、左側が冷たいのも相変わらずです。
あの後、蔵馬さまは口を閉ざしてしまわれて、時折、桑原さんの質問に簡潔にお応えするのみで。
エレベーターで5階に上がり、既に静流さんから頂いていた鍵で部屋に入ります。
玄関を上がると、まず見えたのが、真っ直ぐに伸びる廊下。その廊下は、一つの扉まで伸びていて、リビング兼ダイニングルームに続いています。
カウンターに仕切られた向こう側はキッチンになっていて、食器棚にはカトラリーが一式納まっていました。
リビングの手前、廊下の左側がバスルームとトイレ。右側が寝室と和室。
寝室には、既に、クィーンサイズのベッドと、サイドボードの上にお花を型取ったスタンドライトまで置かれています。
『…………』
「………」
「……」
『‥‥‥素敵』
私は温子さんと静流さんからの贈り物に感動してしまい、呟きました。
でも、その後すぐに我に返ります。
だってだって、こんなに素敵なもの、頂いちゃって良いんでしょうか。
『どうしようどうしましょうどうしようっ!?
私、一体どうやって何を皆様にお返しすればっ…?』
思わず蔵馬さまのマフラーを掴んで、蔵馬さまに縋ってしまいました。
あああ私ったらなんてことを!?!!
『し、失礼致しましたっ
本当に、私、混乱してしまって、その、皆様、素敵で、優しくて、素敵で‥‥』
ああ、自分が何を言っているか分からなくなってきます。
「取り敢えず、落ち着いてください、紗々」
「まーまーまー紗々さん。まずは落ち着きましょ、ね?」
私のあまりの取り乱し様に見兼ねたのか、蔵馬さまと桑原さんが、それぞれ私の両肩に手を置いて宥めてくださいます。
「それに、姉貴言ってましたよ。
なにやら、バカみたいにウマい酒の礼だって」
桑原さんが、私をリビングのソファに座らせながら言いました。
「酒?」
初耳だと言わんばかりの蔵馬さま。
『あ、はい。
お土産にと、お婆さまから持たされたものです。
お姉さま方が、昔、人間界から魔界に持ち帰ったもので、深海に沈めて熟成させていたんです。
人間界の海底には、お酒が船ごと沈んでいることが多いらしいので』
「成る程、その酒は、何年くらい前から沈められていたんですか?」
『えっと、私が生まれる前ですから、少なくとも300年前ですけれど、詳しい年代は、…』
「300年‥‥
充分ですよ。そもそも沈没船から引き上げた酒というだけでもマニア垂涎のお宝です」
『そうなんですかっ?』
「ええ。世の中には、酒に何千万も出す、酔狂な人間もいますからね。
マンション一部屋ではお釣りが来ますよ」
「まぁ、あいつらにかかりゃぁ、何千万の酒も一晩保つか保たないか、だけどな」
「同感です」
蔵馬さまが桑原さんを見て笑いました。
蔵馬さまの笑顔、初めて拝見しました。すごくお綺麗に笑われるのですね。
「おっと、もうこんな時間か」
桑原さんが、ご自分の腕時計を見て時間を確認しました。
「スミマセン、紗々さん。
俺、これから姉貴と待ち合わせてるんですよ。
今日はこれでお暇させて頂きますねっ」
そう言うと、桑原さんは、玄関で靴を履き出しました。
『そうなんですか?
こちらこそ、何もお持て成しできなくてすみません。
いつか、お礼をさせてくださいね。
静流さんにも宜しくお伝えください』
「紗々さん、また敬語になってるっすよ」
『あ、す、すみません』
「ほーら、また」
『うーー‥‥頑張ります』
桑原さんは、声を上げて笑いながら、扉を開けました。
外に出る直前、「あ、そうだ」と言って振り向きます。
「今度、何か唄って聞かせてくださいよ。
礼はそれで良いや」
『うん、わかった。
いろいろありがとう』
私も笑顔を作って手を振ると、桑原さんは、今度こそ扉の向こうへ消えて行きました。