go along the origin

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 そのあとも受験生たちにおにぎりを配り歩いて、結局、残りは三個になってしまった。奇数なのは、キルアには一つだけしかあげなかったから。あいつ、あんなに食べたのに、まだ食べたがるんだもん。成長期とか言ってさ。うるさいっつの。私だって万年成長期だよ、横の。


 残りが一人分なので、配るのをやめた。代わりに、私はまだ渡していない人物を探していた。


 廊下は飛行船の内部をぐるりと回るように作られていて、どこからでも窓から外を見ることが出来る。外の景観は変わらなかったけれど、時計を見たら、解散を言い渡されて二時間は経過していた。


 廊下のベンチにはブランケットにくるまった受験生たちが、現代彫刻みたいに丸まっている。もしかしたら、廊下には居ないのかも。シャワーでも浴びてるのかな、なんて考えていたら、30メートル前方にどうにも無視出来ないオーラの塊を感じた。


 廊下の壁を、内側に三メートルほどくり貫いたスペース。幅は一.五メートル程で、廊下とは垂直の壁にベンチが置いてある。喫煙スペースかなにかだろうか。でも、灰皿は置いていない。


 ヒソカはそこに、ベンチではなく床に座っていた。両手にはトランプを一枚ずつ持っている。ヒソカの目の前の床には三角形の頂点で繋げられ、バランスを保ったトランプが積み上げられていた。


『あ、トランプタワー』


 私が言うと同時に、六段のトランプタワーが完成した。正面に回り込むと、綺麗な正三角形だった。余りにも完璧な図形に、私は思わず拍手をしていた。


「やあ、キミか◇」

『うん、すごいね、トランプタワー。初めて見たよ』

「そうかい、喜んで貰えてなによりだよ◆」


 ヒソカがトランプタワーの頂点に触れる。危ういバランスで形成された三角形は、いとも簡単に壊れてしまった。


『あーあ、勿体ない』

「あのままにしておいても、仕方がないだろ◇」

『自然に壊れるのを待てば?此処は飛行船なんだから、地上よりはよく揺れるよ』

「そんな勿体ないことはしないよ◆壊すなら、ボクが壊す◇」


 そう言って、ヒソカは笑った。いつもの増粘多糖類のような笑い方じゃなくて、口角を少し吊り上げただけの、見たことのない笑い方だった。


「それで、ボクにナニか用かい?」


 床には52枚のトランプが散らばっている。ヒソカはそれを一枚ずつ拾っていた。


『そうそう、探してたの。はい、これ』


 残りのおにぎりを差し出すと、ヒソカは急に笑うのを止めた。スイッチが切れたような表情だ。


「ナニコレ◆」

『おにぎり。あと食べてないの、多分ヒソカだけなの』


 ヒソカの目の前にしゃがんで、タッパーを押し付ける。気持ち悪いくらい鍛えられた胸板に、プラスチックの縁をぐりぐり。


「あー、なんか作ってたね◇コレをボクに渡す為に、シャワーも浴びずに歩き回ってたのかい?」

『うん』

「ふーん、アリガト◆」


 集めたトランプを綺麗に纏めて懐に仕舞って、おにぎりに手を伸ばすヒソカ。ああ、こいつ、お礼とか言えるんだな、とか少しだけ感心。


『あと、全部食べて良いよ。私、シャワー浴びてくるね』

「キミは食べないのかい?」

『私はさっき、ライス食べたからね』

「でも、キミのオーラは消費されている◇キミは常に“発”の状態でいるからね◆“制約”の関係かい?」

『せいやく?』

「“制約と誓約”◇もしかして、知らないとか言わないよね?」

『うん、えっと、や、あの、ごめん』


 謝ると、ヒソカは切れ長の瞳を少しだけ見開いた。あれ、もしかして、知らなきゃ可笑しいことだったのかな。だって、知らないものは知らないし。


「ふーん、ま、イイや◆」


 ヒソカは上体をベンチに預け、頬杖を突いた。正直、寛いでると言っても良い態勢。


 二つ目のおにぎりを取ったヒソカは、残り一つだけ入った容器を私に突き返した。『なに?』


「食べなよ◇オーラが減ってることには変わりないだろ◆」


 具もなにも入っていない真っ白なおにぎりをヒソカが食べてるのも違和感があるけれど、それを差し出されるのも違和感満載だ。自分が作ったものだって言うことも、あるのかも知れない。


 それでも、一個だけタッパーに残っているおにぎりが、なんだか寂しそうだ。私は違和感の塊である白いおにぎりに手を伸ばした。


 ヒソカはおにぎりを頬張る私を見て、喉を鳴らして笑う。もうすっかり、いつもの笑顔。べったりとした、粘着性の。「たんとお食べ◇」なんて言われても、このおにぎり、私が作ったんですけど。やめてよ、その微笑ましい視線。


 床にぺったりと座り込み、ヒソカと向かい合って食べるおにぎりは、結構しょっぱかった。なんか最近、ヒソカとばかり食事しているなあ。


 指に付いた米粒を舐め取りながら、「美味しかったよ、ゴチソウサマ◆」とか微笑まれても、ときめいたりしないよ。騙されないんだから。


「キミは」ヒソカが、まだおにぎりを半分も食べれていない私を見る。「食べるの遅いよね◇」

『普通だよ。ヒソカの一口がでかいんだよ』

「あー、口が小さいんだね◆身体も小さいし◇」

『小さくないよ。普通だよ。ヒソカがでかいんだよ』

「そうかい◆」

『そうだよ。‥‥‥ごちそうさま。私、シャワー浴びてくるね』


 会話のキャッチボールを交わすたびに粘性を帯びてくる笑顔がなんだか不気味で、私は逃げるようにして立ち上がった。


「ん、行ってらっしゃい◇気を付けてねー◆」


 ひらひらとヒソカの顔の横で揺れる掌は、分厚くて、ごつごつしてて。クラピカのものとは全く違う。どっちが良いとか、そんなのは好き好きだけど、私はクラピカの掌の方が良い。優しくて、繊細で、丁寧な掌。


 本当は、もっと触れて欲しかった。髪を撫でるだけじゃなくて、手を繋ぐだけじゃなくて。


 ぼろぼろのローファーの靴音が、高らかに響く。いつの間にか、走り出していた。


 シャワーに行く途中で、キルアたちとお爺ちゃんが遊んでいた。ボール遊びみたい。良いなあ、交ぜて欲しいなんて思っても、あんなことを言われてからじゃ、お爺ちゃんとも遊びにくい。お爺ちゃんは気にしないかもだけど、私は気にしちゃうのだ。そんなお年頃なのだ。


 シャワールームには誰も居なくて、丁度良かった。不幸中の幸い。男湯女湯なんて、無いからさ、もちろん。旅館じゃないんだから。


 脱衣室なんてないし、あるのは、シャワーが壁に取り付けられたエリアと、同じ幅で設けられた洗面台に蛇口が四つ。ドライヤーがあるのが救いだ。


 両サイドの壁に、直接シャワーヘッドが取り付けてあるタイプ。左右五基ずつ。其々が二メートル程の板で区切られて、なけなしのプライバシーを守っている。ああ、せめて、シャワーブースが良かったなあ。サイドは良いんだけど、背後が心許ないのだ。なにせ扉が、蝶番を付けただけの、30センチくらいの板なんだから。お尻はちゃんと隠れるけれど、胸はギリギリアウトかな、これ。


 念の為一番奥のシャワーを選んで、扉代わりの板に服を引っ掛ける。


 ヘッドの下のハンドルを捻ると、ぬるいお湯が頭に降り注いだ。水圧は、申し訳程度というか、消化不良な感じ。まあ、此処は飛行船の中だし、仕方がない。シャンプーと石鹸が備え付けてあるのが嬉しい。


 一緒に下着と靴下と、それからショートパンツも洗って、タオルがなかったので、全身ドライヤーで乾かした。誰か来るか分からなかったから、仕切りの内側で済ませる。ほら、コンセント要らないから、私の念能力。


 さっぱりして戻ったら、ヒソカはやっぱりトランプタワーを作って壊して遊んでいた。周りには人が全然居なくて、すごく寂しい子みたいだ。ちょっとの間、離れた所から見ていたら、「なんか凄く失礼なコト考えてないかい?」と笑われた。まあ、ヒソカに関して想像力を膨らませる場合、その成分の大概が失礼なことなんだけど。


 床に座ったヒソカの傍らのベンチには、大きな毛布が一枚、畳まれて置かれていた。いつの間に。『どうしたの、これ?』と聞いたら「旅の必需品だよ◇」と返された。つまり誰もが持っていて、その誰かから盗んだのか。


「使いなよ、おにぎりのお礼だ◆」

『ん、ありがと』そしてこの毛布の持ち主の人、ごめんなさい。


 ベンチで横になるか、ヒソカの隣に座るかを迷って、結局床に座った。「どうしたんだい?」と聞いてくるヒソカに、『別に』と目を合わさないでおく。ただ、毛布の片側を広げて、『半分使えば。風邪ひかれたって困るし』


 三秒くらいリアクションがなくて、ちらりと隣を見上げたら、ヒソカは顔を伏せて震えていた。耳まで真っ赤で、喉の振動と共に二酸化炭素を小刻みに吐き出している。


 爆笑してるんじゃんっ!なによ、私がなにかしたってのっ?


「ゴメン、ゴメン★ボクが風邪をひいた所で、キミが困るとは思えなくてさ◇」


 顔を上げたヒソカは、涙さえ浮かべている。ちくしょう。なんだかかなり恥ずかしいぞ、これ。もう良いよ。未だ笑っているヒソカを放っといて、ベンチに移動しようと立ち上がる。


「ゴメンってば、拗ねるなよ◆」


 そう言われて、腕を引かれて、ヒソカの膝の間に着地した。毛布を剥ぎ取られ、ヒソカの身体ごと包み直される。私の背中とヒソカのお腹が密着している。二人羽織状態。あまりにも鮮やかに抱えられて、状況判断が一瞬遅れた。


 その一瞬が、命取りだった。


『ちょっ、ヒソカ!なにするのっ!』

「二人で毛布使うなら、コレが一番暖ったかいだろ◇」

『こんな状態で使うんだったら、毛布なんて要らないよっ!放してよっ!ベンチで寝るからっ!』

「ダメダメ★風邪ひいたら困るんだろ◆」


 抵抗する度、お腹に回された腕に力が籠る。凶悪な腕力は、私には解除不可能だ。諦めるしかない。覚悟と一緒に二酸化炭素を吐き出して、身体の力を抜いた。背中がヒソカの身体に沈むけど、もうこれは、ちょっと筋肉質な背凭れなのだと自分に言い聞かせた。


 もう寝てしまおう。これ以上ヒソカを刺激する前に。


「やけに素直だね◇」

『成長したの。もう寝るから、放っといて』


 たまに耳に掛かる吐息は無視することにした。


 今夜が最後かも知れないから、ちょっとくらい、我慢しても良いよ。


『ねえ、ヒソカ』

「なんだい?」

『なんでもない。おやすみなさい』

「うん、オヤスミ、レイン◆」


 あ、こいつ今、私の名前呼んだな、とか考えていたら、いつの間にか眠っていた。




 夜中、ふとした時に目が覚めて、目の前にスッピンのヒソカの顔があって、ちょっと吃驚して、でも、その寝顔があまりに綺麗で悔しくて、持っていた赤色のマジックで頬っぺたに星と涙マークを書いてやった。





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