seven-TH-heaven

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 セブンスは暗闇で目を覚ました。


 仄かな光も感じられなかったため、自分はまだ瞼を閉じているのではないかという錯覚さえ、覚えた。



 いや、自分は死んだのか。


 死んだから、こんなにも、まったくの暗闇なのか。



 母さんも、こんな暗闇に居るのだろうか。



『母さん‥‥』



 会いたいなんて感情は、今更芽生えないけれど。


 夢でしか聴けない子守唄を、もう一度聴きたいと望んでいる。



 しかし、聞こえてくるのは無骨な足音と、無粋な声。


 女性と判断出来る高い声が、右耳の鼓膜を振動させる。





「お目覚め?」





 それは、終わりの始まり。









 無数の蝋燭に、火が灯された。


 本当にただの暗闇だったのか、とセブンスは思い、溜息を吐く。



「何か、残念?」


 背の高い、黒いスーツの女がセブンスを見下ろす。パクノダだ。唇の端に、血が滲んでいた。



 セブンスは、寝転んだ状態のまま、目を伏せた。


『いえ。死んだとばかり、思っていたので』


「死にたかったの?」


『いえ。

 ただ、敵に捕まったら、死ぬことが私の任務です』



 セブンスの声は、震えていない。


 服を脱がされ、下着のみ着用を許されている状態で、拘束されている。


この状況下で死を語ることに恐怖がないのだとパクノダは判断し、肩を勢いよく落とした。



「変な子ね」


『そう言われるのは、初めてです』


「そう。いつも何て言われるの?」


 セブンスは、一瞬だけ自分の脳内を検索する。


 研究員たちが実験中に呟いた言葉を思い出した。



『化物』



「それは、女の子に付けるあだ名じゃないわね」



 パクノダはパンプスを鳴らして近付いてくる。


 目線で追っていたが、パクノダがセブンスの頭の近くに腰を下ろしたことにより、彼女の姿は見えなくなった。



「貴女に、質問したいことがあるの」


 パクノダがセブンスの髪を撫でる。母のように優しかった。



『私の発言は制限されています。

 質問をしても、意味はないと思いますが』



「意味の有る無しは、貴女が決めることではないわ」



 細い指が、セブンスの首に掛かる。少し、擽ったい。



「教えて、貴女のこと?」



 セブンスは答えない。



 答えられなかった。



 彼女は、他の何よりも、自分のことを知らなすぎた。




「そう、いいわ。有り難う」



 パクノダの指が離れる。


 セブンスは、少し、驚いた。


 黙っていることで、自分は不利な状況に陥ると思っていたからだ。


 しかし、そんなことはなかった。



 セブンスは首を傾げるが、男の声がしたので、思考を中断した。



「何か分かったか」




 髪をオールバックにした、男だった。黒いコートと額の十字架が印象的だった。




 パクノダが立ち上がって、男に近づく。両掌を天井に向けて、首を横に振った。


「駄目ね。死ぬことしか頭にない。

 コンピュータのセキュリティシステムみたいだわ」


「そうか。まあ、そういった能力があっても、不思議じゃないからな」



 男がセブンスの近くにしゃがみこむ。男の顔がよく見えた。



「気分はどうだ。もっとも、オーラが尽きた状態で、意識を保てるだけでも、奇跡だが」



 よく分からないことを言われた。分かるのは、男の瞳が、奈落の底のようだということだけだ。



「俺はクロロ=ルシルフル。団長と呼ばれている。

 お前は?」


『セブンス』


 威圧的な空気の中で、自分の声が届くのかと心配になる。振動なんか、掻き消えてしまいそうだ。



「そうか。

 じゃあ、セブンス。

 俺の質問に答えろ。知らないことは、知らないと答えていい」



 セブンスが頷く。


 ひどく、頭が痛かった。



「俺は“進化論”という本を探している。人類の進化の可能性を示唆する書物、と言われている本だ。

 お前自身が手掛かりのようなんだが、知らないか?」



 セブンスは、再び、記憶を探った。深く探るほど、痛みが増した。溜息を吐いて、首を、二度、横に振る。二酸化炭素を排出しても、痛みは排出出来なかった。



 クロロは、「そうか」とだけ言うと、立ち上がる。


 背中を向けると、十字架が忘れられない大きさで描かれていた。



 セブンスは目を閉じて、少し口を開ける。


 歯列をなぞるように、舌を動かした。


 舌先を、奥歯の奥に這わす。粘液性の唾液が、不愉快な音を立てた。


 硬い感触を、舌先で捕える。ずらすように微かに動かすと、カチリと音がした。後は、歯を噛み合わせるだけだ。


 もう少しだけ、口を開く。


 顎に力を入れるが、その前に、口の中に何かが入り込んだ。


 指だ。


 目を開けると、クロロがその長い指で、セブンスの下顎を押さえていた。



「舐めた真似をしてくれるな」



 親指で下顎を支え、人差し指と中指で舌の根本を引っ張られる。


 口腔の粘膜が乾いたが、奨液性の唾液が、頬を伝って、床に滴った。



「パク、すぐにシズクを呼んで来い」


「OK」



 クロロの指示に、パクノダが部屋から出ていく。



 その間に、何度もクロロの指を噛みちぎろうとしたが、凶悪な握力で阻止された。



 クロロを見る。奈落の底の瞳と、目が合った。



 さっきの暗闇とどちらが暗いだろうかと、無意味に比べてみて、やめた。少なくとも、この瞳の方が、深かった。



「シズク、呼んできたわ」


 パクノダのパンプスの音がした。遅れて、スニーカーの足音。眼鏡をかけた少女だ。


 何かを背負っている。掃除機?



「シズク、こいつの身体に仕掛けてある爆弾と機械類を、全て吸い取ってくれ」


「りょーかいしました」



 シズクが掃除機をセブンスに向ける。


 吸引されている筈なのに、セブンス自身には何も感じられなかった。



 掃除機が止まると同時に、クロロの指が抜かれた。


「お掃除、完了しました」

「ご苦労。

 パク、もう一度、こいつに触ってみてくれ」



 パクノダが先程と同じ所に腰を下ろした。


 セブンスの頭に掌をあてて、「何を聞くの?」とクロロを見る。



「こいつのことだ。

 今度は、何か見えるだろう」



 パクノダは首を捻る。


 それでも、団長の指示に従った。



「じゃあ、もう一度、聞くわ。貴女はなに?」



 セブンスは視覚を断つ。


 自分のこと。


 考えたこともなかった。


 いや、考えると、いつも痛みで中断された。


 今は痛くない。



 私は誰。



 母の娘。



 誰よりも強かった、ゼロスの娘。




 七番目の“ハウンド”、セブンス。




 生まれた頃からの記憶は、ある。



 憶えているのは、白い壁。



 実験ばかりで。



 意識を覚醒させたまま、開腹されたこともあった。


 投薬は、最近、減った。



 任務の直前に、一錠、飲んだ。



 細菌。



 解毒剤。



 24時間以内。



 空気感染。




 死。




 私は、死ぬ。




 私に課せられた、




 任務。






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