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□感情というモノ
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――そういう事も有り得るのだと、
何処かで期待していたのかも
知れない――
何もかもが意味の無い事象の様に思えた。
それは、一体何を意味したのだろう。
自らの存在理由さえも見えぬ侭、此処に存在している事さえ意味の無い事象だったのやも知れぬ。
彼は、そう、期待した。
「俺は、道具なんかじゃない」
そんな事を宣った男が居た。
「私は、私自身の為の道具だ」
「私は私の道具なのだ」
「それ以外に存在意義など、無い」
「…ならば私の意思は、私自身の意思には存在意義など無いのではないか」
「だとすれば、消えるべきは…、私?」
「私という存在が無くなって仕舞えば、私は、…私など誰も要らぬではないか」
彼は、其処まで考え至る事が怖くて恐ろしくて堪らなかった。
最初から、突き詰めていけば最終的にどの様な結末に至るかを知っていたからだったのかも、知れない…。
「でも、あんたが、あんたの意思で、あんたの為の道具として存在するなら、俺は――」
「――あんたの存在意義だって在っても良いんだ。と、思う」
「否、寧ろ…在って欲しい」
「それでももし、あんたがどうしても存在意義を他者に見出だしたいと言うなら――、」
「あんたは、俺の為に存在すれば良い」
目の前の男はそんな事を云う。
「お前の為だけに…?」
「そう。俺は俺の存在意義なんて知らないし、況してやあんたみたいに知ろうとも別に考えない」
「でも、俺が俺の存在意義を敢えて問うなら、俺は…あんたの為に存在したい」
「俺はあんたの為、あんたは俺の為。…存在意義なんて、それで良いじゃないか」
…そんな風には考えた事が無くて。
彼は、目の前の男の言葉を只只黙って聞いているしか出来ない。知らず知らずの内に自分の両の瞳から透明な雫がぽろぽろと幾つも零れ落ちていた。
「…な?別に深く考えなくて良いんだ」
「それでもあんたが、自分が存在する事が赦せないというなら、あんたの存在を終わらせる役目は俺がやる。…あんたの野望を打ち砕いたのは俺だ。だから、最期まで責任持つよ」
「それで良いだろ?」
ぽたぽたと零れ落ちていた雫。一つ、また一つと落ちて往く。その侭地面に吸い込まれていく筈の雫は不意に遮られた。
男の掌に依って。
「俺の為に生きてくれ、皇帝」
「…いや、マティウス」
気付かぬ内に頷いていた自分。
満面の笑みを浮かべる眼前の男。
新たな生が吹き込まれた様な感覚。
一気に、感情というモノが溢れ出す。
これからは、目茶苦茶だけれど、自分に存在意義を与えてくれたこの単純明快で強引な男の為に生きてみるのも悪くない。
彼は嬉しそうに自分の手を取る男の顔を見遣り乍ら、そんな事を決心した。
――そう。
…未だこんな事も、有り得るのだから。
FIN.
20120523
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