短編集
□指定教育法―遠藤広太と今野玲奈の場合―
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それは、成長を逆行させる、つまり身体を若返らせる薬の投与である。移動先の子供達と同じくらいの身体の持ち主なら、受け入れが容易であると考えられたからだ。
そう、広太も玲奈も、その薬を投与され、身体を3歳くらいまで幼くされた者達だった。広太は主に素行面で、玲奈は主に発達面で、それぞれ指定教育法が適用されたのである。
さて、保育園の裏まで来た2人だったが、そこには背の高い草が鬱蒼と生えており、2人の小さな身体で進むのは困難だった。それでもなんとか草を掻き分けて、保育園の敷地と外を隔てている金網の本へと2人はたどり着いた。
「ん〜と……、ああ、あったあった」
金網に沿って歩いていた広太は、目当てのものを見つけ、玲奈を手招きした。そこには、子供がなんとか通れるくらいの穴が、ぽっかりと金網に空いていた。
「うっし、じゃあ逃げよーぜ」
「あ、う、うん。でも、どこに行くの?」
「んなこたぁ、逃げてから考えりゃいいんだよ」
そう言うと、広太はさっさと金網の穴を通って外に出ていった。玲奈も少しの間逡巡していたが、結局金網の穴を通って広太の後を追うのだった。
「とにかく、なんとかして元に戻りてーよな〜」
「そ、そうだね……」
前を歩く広太は、足を止めるとクルリと振り返った。
「ところでさー」
「え?何、かな」
「玲奈ってなんで小さくなったんだ?実は、すげー荒れてたとか?」
「う……。あんまり、人に言いたくない、かな……」
「またそれかよー。聞くといっつもそう答えるよな〜」
口を尖らせる広太に、玲奈は曖昧に笑った。
しかし、絶対に教えたくはなかった。玲奈はスカートの前をギュッと掴んだ。
「さて、もうちょい離れないと見つかっちまうかな〜。あの爽やか男に」
「翔馬先生のこと?」
「ああ。男のクセに保育園の先生やってるなんて、考えらんねーよな」
広太は、自分のクラスの保育士に軽口を叩いた。しかし。
「そっか、そりゃー悪かったな」
背後から聞こえてきた、自分のものでも玲奈のものでもない、しかし聞き覚えのある声に、広太は背筋に冷たいものが走った。それは玲奈も同じだったようで、2人は互いに目配せすると、同時に駆け出した。
ちらりと横目で後ろを見ると、案の定、2人の担当保育士である樋口翔馬が立っていた。