-似た者同士-

□変化
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6月某日。ずっと雨続きだった6月の中で、その日は珍しくよく晴れた日だった。


「あら、どこかにお出かけ?」

「ん、ああ。富士の森美術館に行ってくる。今好きなアーティストが個展をやってんだ」


重蔵の妻、淳子は、玄関で靴を履く徹平の姿を見つけた。その隣には、一生懸命靴を履こうとする俊の姿もある。


「俊くんもお出かけ?お兄ちゃんと一緒でいいわね〜」

「!」

「出かけようとしたら見つかっちまってさ。自分も行くってうるさくて……ん?なんだ?」



淳子はしゃがみ込み、俊に声をかけたが、俊はパッと徹平の陰に隠れてしまった。


「あらあら、仲良くなるにはもうちょっとかかるかしら」

「どんだけ人が苦手なんだよ……」

「しょうがないわよ。全くと言っていいほど、外に行かせてもらってなかったみたいだから。親以外の人と会う機会が無かったのね」


結局靴を履けなかった俊に、靴を履かせる徹平の姿を微笑ましい目で見守りながら、淳子はしみじみとそう語った。


「ふ〜ん……。――さてと、行くか。昼飯はいらないからな」

「ええ。いってらっしゃい」


淳子は徹平と、チラチラと自分ののほうを窺う俊に手を振った。俊は笑顔こそ無かったが、小さな右手を少しだけ振り返した。



※※※※※※※※※※※※

「おい」

「…………」

「お〜い」

「…………」

「……聞いちゃいねえな」


徹平はため息をひとつついて、道端にしゃがみ込んで何かに見入っている俊の傍に、自分もしゃがみ込んだ。俊の視線の先では、アリが長い列を成していた。


俊は、先程から少し歩いては立ち止まり、何かを観察してはまた歩きだすことを繰り返していた。
たしかに、ほとんど外の世界に触れずに育ってきた俊にとっては、なんの変哲もない植物も興味を引かれる存在だ。アリの行進を見つけた俊が、思わずしゃがみ込んでしまうのもわかる。


(しっかしこの調子じゃあ、いつ着くかわかんねえぞ)


富士の森美術館は、最寄り駅から電車で40分と割と離れた場所にある。出来れば早めに行って早めに帰ってきたい徹平にとって、これは思わぬタイムロスだった。



――そして考えた末、徹平は強行手段に出ることにした。


「よっと」

「わっ!?」


徹平は軽々と俊を抱き上げ、歩きだした。俊は名残惜しそうに、アリのいた場所に片手をのばした。
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