短編集
□同い年の、『幼い』妹
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とある秋の休日。
三島優斗は2月に控えた大学受験のため、休みにも関わらず参考書を難しい顔で読んでいた。静かな家の中で、彼がページをめくる音とノートに何かを書き込む音だけが響く。
「ん?」
ふと、それ以外の音を耳にした優斗が顔を上げた。聞こえるのは、衣擦れのような小さな音。音源は隣のリビングだろうか。
(もう3時か……。奏(カナデ)の奴、起きちゃったかな)
心当たりがあるのだろう。優斗は時間を確認すると、参考書をテーブルに置いて立ち上がる。
直後だった。
「ゆうとぉ〜?!どこ〜?」
自身を呼ぶ幼い声。優斗が慌ててリビングに顔を出すと、お昼寝用のブランケットを持ったまま自分のことを探している、妹と目が合った。
彼女はその瞬間、優斗にタックルをしようかという勢いで抱きついてきた。しかし予想していたからか、優斗はよろけることなく彼女の身体を受け止める。
「おはよ、奏」
「えへへ、おはよー」
にぱぁ、という効果音をつけてあげたくなるほどの笑顔を、奏と呼ばれた少女は兄に見せた。それは、とてもーーとても優斗と同い年の少女が見せるものとは思えないような、そんな笑顔だった。
「それで、おしっこは?」
「んとねー、でちゃった」
突然の優斗の質問だったが、奏は戸惑うこともなく答えた。それが、いつも繰り返されている問答であることを示している。
「それじゃ、早く新しいおむつにしなきゃね。ほら、2階行くよ」
「だっこ」
「……はいはい」
優斗が発した『おむつ』という言葉に少しだけ頬を赤らめた奏。まるでその顔を隠そうとするかのように、抱き上げられた彼女は優斗の肩に顔を擦り付ける。
「ほい、とーちゃーく」
彼らが向かったのは、2階の奏の部屋だった。カラフルなフロアマットに、絵本の詰め込まれた本棚。ぬいぐるみやおままごとセットなどのおもちゃの類が収納されたラックなど、まさに年端もいかぬ幼児の、育児室といった趣の部屋。