短編集

□環境は人を変えるか
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「ううん……」


窓から夏の日差しが差し込む、個人の部屋としてはかなり大きな部類に入るであろう一室で、小柄な少女が眠たげな声を漏らした。彼女の名は香坂美鈴。世界を股に掛ける貿易会社を営む父と、翻訳家である母との間に生まれた、いわゆるお嬢様である。


(……あれ?)


そんな、恵まれた環境で何不自由なく生きてきた彼女だったが、今、ほとんど経験の無い不自由さを感じていた。環境面や精神面の話ではなく、主に肉体面での不自由を。


(なんか、身体が重たいな)


先程から、立ち上がろうと腕や足に力を込めているのだが、なかなか思った通りに身体が動いてくれないのだ。一瞬病気か何かに掛かったのかとも考えたが、意識ははっきりしているし、それが原因ではない気がした。


「な、な、な……」


しかし動けないほど身体が重いわけではないので、何とか美鈴は上半身を起こした。そんな彼女の目に、思いもしない光景が飛び込んでくる。


「なによこりぇえ!!」


異様な光景だった。いや、ある意味では、統一感に溢れた光景なのかもしれない。

壁紙やカーテンはベビーピンクで、太陽の光を緩やかに反射している。そして床には柔らかそうな素材の、カラフルなフロアマットが敷き詰められていて、壁際にはぬいぐるみや人形の入った箱が置かれていた。
その他のクローゼットや本棚、机といった調度品も全てが、まるで小さな子供が喜びそうな色・デザインに仕上げられていた。

そう、ここがまだ小学校にも上がっていないような、幼い女の子の部屋ならば、何もおかしなことはないだろう。


「……」


けれど、この部屋の主はベッドの上で呆然としている少女ーー幼女ではなく、れっきとした高校生である美鈴なのだ。
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