短編集

□姉の定義
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とあるマンションの一室、その玄関で。


「――うん、思ったよりもちゃんとした生活を送れてて安心したわ。これからもお姉ちゃんの言うことを聞いて、2人で助け合わなきゃだめよ?」

「はいはい、わかってるって。だから、今度からは先に連絡ちょうだいよね、ママ」


近藤優奈は、母親の言うことを適当に聞き流しながら、部屋の奥に振り返る。そして先程から姿の見えない姉に届くように、声を上げた。


「お姉ちゃ〜ん!ママ達帰るって〜!」

「あ、うーん!ち、ちょっと待ってて……!」


少し間を置いて、姉の優子の声が返ってきた。


「優子はどうしたんだ?」

「さぁ?」


母親の傍らにいる父親からの疑問に、優奈は首を傾げる。パタパタと足が床を叩く音が聞こえてきたのは、それからすぐのことだった。


「それじゃあ、また来るわね」


両親が去った後、ドアを閉めた時点で、2人は大きくため息をついた。


「ふ〜〜、びっくりした〜。来るなら来るって一言伝えてくれればよかったのに」

「そ、そうだね……」


優奈は、事前に連絡をせず、突然地方の地元から様子を見にやって来た両親に対して口を尖らせた。高校入学と同時に、3歳上の姉と2人暮らしを始めてから1年と少しの時が経ったが、両親が自分達の部屋を訪れたのは、今日が初めてだった。

優奈は、どこか上の空な様子で自分の話を聞いている優子の顔を覗き込んだ。そして、ニコリと満面の笑みを作る。


「お着替えする前でよかったね〜。ゆ・う・こ・ちゃ・ん?」

「あ、えっと、うん……」


優奈の口調がガラリと変わる。まるで、小さな子供に対してするような言葉遣いだ。
呼び方も『お姉ちゃん』から『優子ちゃん』に変化していた。その呼称をゆっくりと、優子の心に刻み付けるように口にする優奈。


「さ、今度こそお着替えしようね。朝すぐに取り替えられなかったから気持ち悪いでしょ?」


優子は妹の口にした言葉に顔を赤くしながらも、導かれるままに寝室まで連れていかれてしまう。優奈が自らのパーカーのファスナーに手をかけても、抵抗するそぶりも見せない。
優奈によってパーカーを脱がされると、可愛らしいパジャマの柄があらわになる。優子の周りに比べて発育のよろしくない、言ってしまえば低身長の幼児体型に、小さな子供の喜びそうなそのパジャマはよく似合っていた。
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