短編集

□指定教育法―遠藤広太と今野玲奈の場合―
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しん、と静まり返った教室。

1人の子供が、その中でムクリと身体を起こした。
少年と呼ぶにはまだまだ幼い男の子は、キョロキョロと辺りを見渡した。同い年くらいの子供が20人ほど、布団の上で寝息を立てている。

(保育士の姿は無しっと)

男の子は立ち上がると、眠っている子供たちのうちの1人の前まで歩いていくと、その肩を揺さぶった。


「玲奈(レイナ)、起きろ玲奈」

「ん〜……?」


玲奈と呼ばれた女の子は、上半身を起こすと、眠たげに、小さな手で両目をぐりぐりと擦った。幾分とろんとした目が、前にいる男の子の姿を捉える。
途端に女の子はハッとしたような表情になり、男の子と同じように回りを見渡した。


「……ねぇ、ホントにやるの?広太くん」

「今更なに言ってんだよ。大丈夫だって」


おどおどとした様子の玲奈からの問いに、男の子――広太は小声でそう返すと、教室のドアとは反対側にあるガラス戸の方に向かった。玲奈もその後をついていく。


「こことここを外せば……よっし、開いた!」


広太は近くにあった椅子をガラス戸の前まで持ってくると、その上に登り、ガラス戸のロックを弄っていた。そしてカチャリと音を2回たてて、二重ロックを外すと、椅子から飛び降りた。2人でガラス戸を引くと、カラカラという音と共に戸が開き、外から子供の嬌声が聞こえてくる。


「ふう、マジで不便だな、この身体。――じゃあ保育園の裏にまわんぞ。金網がちょっとだけ破れてんの、こないだ見つけたんだ」

「う、うん」


広太と玲奈は、園庭で遊んでいる子供達に見つからないように、建物に沿って裏手にまわった。その計画的な動きは、2人の見た目に似つかわしいものではなかった。



だが、それは不思議なことではない。
本当は2人共、とっくの昔に保育園を卒業した19歳と16歳なのだから。







今の日本には、『指定教育法』という法律がある。
客観的に見て、本来の年齢と人間としてのレベル(学業や運動能力、発達など)が著しく掛け離れている場合、適切な年齢層の教育機関に移動させ、その中で本人の成長を促す、というのがその概要だ。この法律が制定された背景には、若者、特に10代の少年少女の犯罪率の増加があった。

さらに、実際の年齢よりも大きく下回る教育機関に移動させる際には、スムーズに溶け込ませるために、ある「処置」が行われる。
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