短編集
□甘えん坊で、生意気で
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「ん〜と、着替えも入れた、歯ブラシ類も入れた、あとは……」
8月に入ってから、うだるような暑さが続いている。
そんな中、平凡な大学2年生であるわたくし小野田雄太郎は、自分の部屋で大きなスーツケースの中身を点検していた。
「どう?ちゃんと明日持って行く物は全部あった?」
「ああ、問題無し。もし必要な物があったら、ツイッターで父さんに連絡しておくし」
ドアから顔を出した母さんは、心配そうに聞いてきた。それに対して笑って返事をすると、足元にもうひとり、誰かいることに気付く。
「トモも、しばらく会えなくなるな」
「ふんだ。別に寂しくないもん。兄ちゃんがいないなら、自由にゲーム出来るし」
「……かわいくねー奴」
俺は弟である智弘からの言葉に苦笑した。
現在小学2年生のこいつは、生意気真っ盛り。ほんの2、3年前までは素直でかわいかったのに、最近は素直さは鳴りをひそめ、一人称も『トモ』から『オレ』になるなど、大人ぶることが増えてきた。
とは言え、周りから見たら微笑ましいだけなのだけれど。
「さ、トモはもう寝る時間よ。夏休みだからっていつまでも起きてちゃダメなんだから。
――それに雄太郎もよ。明日は朝早いんでしょ?」
「5時起きか〜。起きられっかな」
言い忘れていたが、俺は明日、日本を出国する。
行き先はイギリス、バーミンガム。大学の留学プログラムになんとか通った俺は、明日から丸1ヶ月の間そこに滞在する予定なのだ。
この大きな荷物も、向こうで生活するための物だったりする。
いつもより早い時間に風呂に入り、2階に上がる頃はまだ10時前だった。
しかし、少なくともトモは既に寝ているはずの時間帯だ。だから、突然トモの部屋の扉が開いた時には驚かざるを得なかった。
「どうした?トモ」
「……」
トモは答えない。ボーッとした様子で、のろのろと俺のことを見上げるだけだ。
「トイレ?」
質問を変えると、今度はゆっくりと頷いた。どうやら寝ぼけているだけらしい。
俺は弟の背中を押すようにしながらトイレに連れていく。普段と違い、素直に従う姿を見て、自然に笑みがこぼれる。
「ほい、とーちゃーく。ほら、行ってこい」
トイレまでトモを連れてきた俺は、電気をつけてドアを開けた。