『夏祭り』
ザラメの甘い匂い。
的屋の呼び込み。
シャリシャリと小気味良く回る古いカキ氷器の下で、山になる氷。
お好み焼きにかけられたソースが、ジュワっと湯気上げる。
そして、カラコロと響く下駄の音が心地良い。
夜風に乗って、小太鼓と笛の囃子が聞こえてくる。
夏の夜を彩るいくつものざわめきの間を、俺はお前とともに歩いていた。
夏祭りに行こう、と言い出したのは俺のほうだった。
そのくせ、俺の仕事の都合で予定していた大きな祭りには行けず、結局地元の商店街の小さな夏祭りになってしまった。
白地に絞り模様のアサガオが咲いた浴衣を身にまとったお前は、それでも嬉しそうに俺を見上げては微笑んでいる。
俺のための装いが嬉しい。
髪を結い上げた簪には、真っ赤な花と小さな鈴。
歩くたびに鈴が澄んだ音を響かて、俺の耳をかすめていく。
音に誘われるまま、お前を見下ろせば、綺麗に抜いた襟から覗くうなじがやけに色っぽくて、慌てて視線をそらした。
少し涼しくなった夜風が、店先の風車をカラカラと回していく。
夜空の色が濃くなるにつれ、人の数も多くなってきた。
柄も色も賑やか過ぎる奇抜な浴衣を着た、若い女の子たちとすれ違った時、
「やっぱり、ちょっと地味すぎたかな…?」
朱色の帯に手を当てて、お前がつぶやいた。
「そうか?俺はあーいうのより、お前の浴衣の方が好きだよ」
もちろん、好きなのはアサガオの浴衣だけではなくて、それを着ている方もなんだけど。
「つーか、俺のほうこそ…変じゃないか?」
「そんなことないよ。慶太さんこそ…良く似合ってる」
はにかみながらお前が俺の浴衣の袖を、ちょこんと摘んだ。
せっかくだから一緒に浴衣を着て歩きたい、というお前のリクエストで、俺も着慣れない浴衣に身を包んでいた。
浴衣なんて持ってなかった俺に、お前が選んでくれたのは、紫紺の生地に白い縦じまが細かく入った浴衣。
着てみると麻が混ざっているせいか、空気の通りがよくさらっとした肌触りで気持ちが良かった。