04/12の日記

23:10
そうやって誰にでも/5年後風荒SS
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5年後同棲シリーズ第2弾。
デートする話をかくはずが、ケンカになってしまって草

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「デートしようよ荒井くん。せっかくのオフだしさー」

ニコニコとテーブルの風間さんが話しかけてくる。

「・・・」

僕は無言で一瞥し、ひとつため息をついてから、作業に戻る。


「どこいこうか? なんかパーッと買い物したい気分なんだよねーもうすっかり春!ってかんじだしさぁ」

浮かれ気分の風間さんは僕の反応にも気づかないのか、ぺらぺらとなにかしゃべり続けている。おそらく、いつもの聞く価値のない軽い話題を。


先のたったひとことに、ふたつも僕を不愉快にするワードをねじこんでくる風間さんは、なかなかにいい根性の持ち主であると思う。


デートしようよ。せっかくのオフだしさ。


まずひとつめ。わざわざデートという言葉を使ってくること。
あてつけのように。

「出かけよう」だったら僕もスンナリ承知しただろうに。
腹が立つのは、それと知っていて、あえてその上で「デート」などと口にしているということだ。面白がって、反応を見ようと言うわけ。
本当にこいつは、性格が悪い。


そしてふたつめ。
「オフ」。
ああもう、無性にイラッとする、この言葉。

バイトしている大学生あたりが得意げに、いわゆるドヤ顔で言うなにも予定のない休日。
正直にヒマでヒマでしょうがない日、と言えばいいのに。

まあそのへんの誰かが使っているぶんにはそれはいい。だが。

風間さんが言うとやけに鼻につくというか、むかっ腹が立つというか。
まるで、僕ら一般人とは違う、でも言いたげに。


そう、生意気にもこの風間さん、大学を出て正式に芸能界で脚光を浴びている。
はっきりした職業はわからないが、モデルやらタレントやら、とにかくテレビにでる人、というやつだ。

断っておくが決して売れっ子ではない。そこそこ毎日出かけてはいくが、
ローカル冊子のひとコマだったり、地方CMの脇役くらいのものがほとんどで。
それだって十分すごいといえばそうなのかもしれないが。


それでも「芸能人」を自称している、最近の彼。
どうせ僕はつまんない駆け出しの大学生作家ですよ。ああ腹立つ。

そんな彼が言う、「オフ」。
一度ぶん殴りたい、この気持ちは日に日に強まっていくように思う。


毎日顔を合わせているんだし、そもそも同じ家に住んでいるんだし。

「行きたくありません」


たっぷりの時差をとって、僕はやっとそう返事をした。


一方的にしゃべり続けていた風間さんがあっけにとられたように固まって、
それから。

「はぁ? なんでえ?!」
「大きい声出さないでください」

だってー、と風間さんはほっぺたを膨らまして、ハッキリと不満を露わにした。

「買い物ならどうぞお一人で行って下さい。僕はもう少し作業したいので」
「そーやってずーーーっとパソコンカチャカチャやってるじゃん!
 いこうよーねえ荒井くんてばー」

だだっ子か。
なんでなんで、の応酬に苛々してくるが、相手にせずだんまりを決め込む。
そこへまた、あの言葉が。

「せっかくのオフだよー?」


ぶちん。



「・・・そうですね、お忙しいですもんね、業界人の風間さんは。
 僕と違って」
ぶるぶると震える拳を、なんとかギリギリの理性で押さえつけて耐える。

「あれ、怒った? なんで?」

「知りません」

「ねえってば。僕なんか言った? なんでそんなプリプリしてるの」

心底わからないという様子で、風間さんが僕の顔をのぞき込む。
僕は。
大きく息を吐ききってから、言った。

「あなたと出かけたくありません」


「・・・どうして」
驚いた様子ではあったが、意外にも風間さんは冷静だった。

高校の頃なら取っ組み合いになっていたかもしれないけど、
あれから5年も経って、すこしは知性というものが芽生えたのかもしれなかった。

僕の方は、あのころとなんにも、変わっていないのに。


どうして。



だって。


「嫌だからです」

「だから、なにが嫌なの」



ああもう。

話したくなんか、ないのに。これ以上。


「・・・あなたは、不特定多数の誰でもいいんだ。ちやほやされていれば、それで」


惨めな気持ちになりたくない。


「僕じゃなくても。 ・・・僕なんかにかまってないで、さっさとどっかでニコニコ愛想ふりまいて、キャーキャー言われてくればいいんだ。
つまらない、なんの意味もない、ギャラリーに囲まれてヘラヘラ笑っていればいい!!!」




気づくと僕は両手でテーブルを叩きつけていた。マグカップに残っていたぬるくなったコーヒーが、ゆらゆらと水面を揺らした。


静寂。
僕はつよく唇をかんで、うつむいていた。

風間さんが、低く、

「・・・この間のこと、気にしてたんだ」

ただ、そう言った。



・・・先週の、日曜日。
僕と風間さんはふたりで出かけて、買い物の疲れを癒すため公園に立ち寄った。
自販機で飲み物を買って僕がベンチに戻ると、数人の女の子のグループが風間さんを取り囲んでいた。

手には丸めた、地方紙を持っている。
たしか、風間さんが載っている号のものだ。風間さんがいつもいつも自慢げに僕に見せてくるから、おぼろげながら見覚えのある表紙。


僕は遠巻きにぼんやりと、その様子を眺めていた。
手にした冷えたウーロン茶の感が、指先の温度を奪っていく。
痛いほど、つめたく。


困ったように照れたように、風間さんは笑っていた。
たった数メートルの距離なのに、僕はその場に凍り付いたように、動けなかった。




ーーーーぼくは かざまさんに ふさわしい にんげんじゃ ない





いつか思った言葉が、ふいに脳裏によみがえる。

遠くて。
声も届かないほど。



どうして?



どうして僕は、つまらないただの僕なの?



どうして風間さんの横に、堂々と立っていられないんだろう。



悔しくて、悲しくて、無力で、辛かった。
このまま消えてなくなりたい、と思った。


きっと僕は、憎んでいる。

僕ひとりより、見知らぬ大多数をとった風間さんを。



つまらない、くだらない、しょうもない、ろくでもないしごと。

バカみたいにニコニコして、ヘラヘラして、ポーズをとって。
そうしてなんの重みも価値もない、一時かぎりの軽い賞賛を受けて喜んでいればいい。


勝手に、どこへでも行ってしまえばいいんだ。
戻る方法も道もない、細い一方通行の道を。




ふいに。


体が動かなくなって。



後ろから、抱きしめられていると知った。

息ができなくて、僕は抵抗することも、
彼の名を呼ぶことも、できない。


「あらいくん」


その声に怒気はなく、ただ、静かな、
哀れみのような音色で。


「ごめんね」


許しを、請う。



僕はただ、驚いて。
いっそう体をこわばらせて、彼の言葉を待った。

「・・・きみをそんなに傷つけていたなんて、思わなかった。
 寂しい、つらい思いをさせていたなんて知らなかった」


抱きしめた手から、風間さんの熱が伝わってくる。
震えるほど冷えていた僕の指先が、じんじんとしびれるように熱くなって。


「きみがやめろと言うんなら、もうテレビもカメラもやめるよ。
 もともとそうなりたかったわけじゃない」

穏やかな、そして悲しい響きを持った、彼の声。

「ほしいのはきみだけだ」

幾度めかの、甘いささやき。
けれどそれはロマンチックというより、すねた子供のやせ我慢のようで。

・・・そうやって僕を、だめにする。




「・・・べつに、もう、いいですよ」

やっと呼吸の仕方を思い出して、僕はふぅっと息をついて、そう口にする。

「・・・僕の方こそ、大人げなかったと思います、すみません」

風間さんの腕から逃れて、向き直る。


「・・・ただの、やきもちでした。困らせてごめんなさい」
すこしばつが悪かったけれど、自分に非があるのだから仕方ない。
僕は正直に謝罪した。

風間さんはすこし笑って、
「そっか」
とだけ言った。
やさしい、おだやかな笑顔で。


「・・・風間さん、大人になりましたね・・・」
僕は心底そう思って、目の前の彼を見る。

誉められた彼は大げさにニコッとしてみせて、
「そう? 荒井くんは相変わらずかわいいねえ」

そういってまた僕を正面から抱きしめる。

「・・・すぐ調子に乗るところは、変わりませんけど」
「またまたぁ。いいんだよ、照れなくっても!」
「照れてません」

口では抵抗して見せても、体は彼に預けたままだ。
僕もすこしは甘くなったのかもしれない。

シャツの胸に顔をうずめたまま、

「・・・デート」
「うん?」

「今からでよければ。してあげてもいいですよ、デート」

ちいさく、負けを宣言する。



しばらくぽかんとしていた風間さんが、
僕を抱きしめたまま飛び上がって三回転する。

「ほんとに!うわーやったやった! どこがいいかなあ!」
「おなかすいたのでご飯食べられるとこがいいです」

「オッケー!まずレストランだね! 僕のクーポンコレクションが火を噴くよ!!!」
「・・・まだ持ってたんですか、クーポンの山」

「モチのロンさ!!」
「うわぁ・・・ ダサい」

「なにおう! あ、パスタいいな、ここにする?」
「お任せします」

急に騒々しくなった我が家。すっかりいつもの雰囲気だ。
床に広げたクーポンをあれこれ見ていた風間さんだったが、
「あーもうじれったいや! もう出かけよう荒井くん!」
「え、お店決まったんですか」
「行ってから考える!!」
「はあ、相変わらずですね」

ということで支度もそこそこ、着の身着のままで僕らのデートは幕を上げた。
薄曇りだというのにまぶしく感じる。
風間さんは笑って僕の手をひいた。



・・・僕の恋人は、芸能人のはしくれで。
めちゃくちゃで破天荒でいいかげんで、そのうえ宇宙人で。


どうして彼を選んでしまったのか、わからない。
どうして彼が僕を選んでくれたのかも、わからない。

けれど、それでも。



このままこのにぎやかな幸せが、ずっと続いて欲しいと思った。

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