04/11の日記

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貴方と僕との/5年後風荒SS
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「荒井くん、じゃ、いい子でお留守番していてくれたまえよ」

色付きの変なサングラスにニット帽、派手なブーツに身を包んだ風間さんが、玄関からそう声をかけてきた。

「はいはい、わかりましたから早くいってらっしゃい」
僕はノートパソコンの画面から目を離さず、毎度のことなので適当に彼をあしらう。

「知らない人がきても家に入れちゃダメだよ」
「入れませんて」

「僕以外の番号の電話には出ないこと!」
「わかってますって」

「カレー、残しといてね」
「風間さん」

いいかげん、手を止めて顔を上げる。
「はよいけ」

言ってやるも、あまり効果はないようだった。
まだ玄関で腕組みして、唸っている。

「うーん、心配だなあ」
「ああもう、また遅刻しますよ。こないだ怒られたばかりでしょう」
ちらりと棚の置き時計に目をやる。

「あっそうだった! いっけない、それじゃ荒井くん!いってくるから!」
「はいはい」

やっと静かになる。
ドアの閉まる音がして、そのすぐ後に。

「荒井くん」
戻ってくる風間さん。

「・・・まだなんかありますか」

いよいよ鬱陶しいんですが。


「いってきます」
しっかりと、僕の目を見て。

「・・・いってらっしゃい」

根負けした僕がおとなしくそう応じると、やっと風間さんは満足したらしくニッと笑って、マンションの廊下を出ていった。



遠ざかる足音がやんで、しんと静まりかえったリビングで、僕はひとつ息をつく。

テーブルの上には、飲みかけのマグカップがふたつ。
もう見慣れた光景になりつつある、僕たちの生活のワンシーン。

壁のカレンダーを見やる。
「・・・ もう、5年も経つんですね」

あのひとと、出会ってから。


月日の経つのは恐ろしく早い、としみじみ思って、僕はお湯を沸かしに台所へ向かった。




・・・風間さんと出会ったのは、高二の夏。
あの七不思議の集いが、すべての始まりで。

初対面から大喧嘩し揉めに揉めて、色々とゴタゴタがあって、
なんだかんだでお付き合いすることになって。

それが大学4年になった今こうして、こういうかたちで関係が続いているなんて。

妙な因縁があったものだ。

大嫌いだと、思ったのに。

僕はあのいい加減でちゃらんぽらんで、得体の知れない風間さんと、
いま一緒の家に住んでいる。



僕よりひとつ年上の風間さんが、地元の大学への進学の際に
以前借りていたアパートの部屋よりやや広く、部屋数の多いこのマンションに引っ越してきた。

僕は以前のワンルームのアパートの部屋も好きだったけれど、
新しいこの部屋も同じように、いつも涼しい爽やかな風が吹いていてすぐなじんだ。


高校三年の年は僕が自宅からこの部屋へ通う日々だったが、
僕が風間さんと同じ大学に合格してから、
「荒井くんもここに住んじゃいなよ。そのつもりで広い部屋に越してきたんだし」
とあっさりと言われ、流されるように応じてしまった。

ルームシェアだ。あくまで。

風間さんは常々「同棲」と言い張っているけど、聞かなかったことにする。


同じ大学に入ったとはいえ、学部も学年も違うのでキャンパス内で顔を合わせるのは高校の頃と同じく昼休みか、空き授業の時間だけだ。
お決まりの、やはり立ち入り禁止の屋上で、僕らは飽きもせず待ち合わせる。


昼食をとりながら、たいした話しもなく、ただ風に吹かれながら、
お互いの顔を見て過ごす。平凡な、平和な時間が続いた。


まあ5年も経っているのでその間色々あって、それはおいおい語るとして。

・・・風間さんが、長らく隠していた「秘密」のことも、打ち明けられた。


僕がこの部屋に越してくることが正式に決まる頃、珍しく困ったような、
逃げだしたいような、苦々しい、複雑な顔をした風間さんが、
「話がある」
と改まって僕に告げた。

今でもはっきりと、覚えている。



ーーー実は僕、この星の住人じゃないんだ。


一言一言かみしめるように、観念したように、風間さんはそう言った。

僕はぽかんとして、なんといっていいかわからずにいて。

「はあ」

言えたのは、それだけ。


息を呑んで、風間さんは続ける。

突然のことで理解が追いつかなかったけれど、大人しく彼が話し終えるのを、待った。


彼が言うには、どうやら彼はいわゆる宇宙人という存在で。
地球へは侵略のためにやってきたのだと言った。
スンなんとかいう星を母に持つ、スンなんとか人なのだという
(もうこの話を聞いてからずいぶん経つが、僕は未だにその単語をスンナリ思い出せない)。

「風間 望」のヒトの姿は擬態スーツによるものであり、真の姿はなんだかやたらと緑色をして触手の豊かな、いかにもな宇宙人のイメージだそうだ。

実のところ、その彼の真の姿というのを、僕はまだ見たことがない。
理由はまあ、いろいろと思いつかないでもないが。

風間さんとしてはそれは最終手段と考えていたようだった。
僕が彼の話を信じなかったときのための、である。

しかし僕があまりにもあっさりと、


「宇宙人だったんですね、風間さん」


受け入れてしまったせいで、その機会は訪れなかった。


驚いたのは、彼の方だった。

「・・・荒井くん、信じるの? 僕の話ちゃんときいてた?」

「はい」

「えええ・・・ 想像してたリアクションと違うなあ・・・」

「想像?」

うん、となぜか少し不満げに、

「もっとドラマティックな、クライマックス感のあるやつを期待してた」

「・・・それは、残念でしたね」


風間さんが宇宙人だった、という話はもちろん衝撃ではあったのだけど、
その事実を知った当の僕は、驚きよりも何よりも、
「どおりで」という納得のほうが強かった。


風間さんの放つ、あの不可思議なオーラというか、不憫な人となりは、
異星人故のことだった、というのがものすごく僕の中でしっくりと落ち着いたのだった。

逆に、彼が100%純粋な、ただの日本人であったという話の方が僕は信じなかったのではないかと思う。

だから。


「よかった」

僕は笑った。


ずっと、隠していた貴方の秘密。
知ってしまったら、この関係が壊れてしまうのではないかと、いつも気になっていた。

知るべきではない、今はまだ。
長いことそう自分に言い聞かせて、見て見ぬ振りをした、いくつもの不可解な現象。

こんなことだったんだ、と思えるくらいには。
僕の心は軽かった。

いなくなってしまうんじゃないかと、ずっと恐れていたんです。

「風間さんが宇宙人でも、なんでもいいです。僕のそばにこれからも、いてくれれば」

それは本心だった。貴方を失いたくない。そのためなら。

「地球なんか、あげます。いくらでも」



「無責任だなあ、君は」
やっと普段の様子で、風間さんが笑った。

「残念だけど、今地球侵略プロジェクトは停止の手続きを申請してるとこなんだ。目的は食糧難の解決だし、地球人以外の食料を確保する算段をとるってことで譲歩してもらってる」

妙に生々しい話だが、これが彼の「現実」なのだろう。
「そうなんですか?」

「うん。さすがにねえ、僕も地球人生活になじんできちゃったし。
 君たちをただの食料としては、みれないよ。もう」

困ったように、人なつっこい笑みを浮かべて、笑う。
風間さんがベッドに腰掛けたので、僕も隣に座った。


「本来は任務が終わったら、僕のいた痕跡も記憶もこの星から消えるはずだったんだ。それが僕がイヤで、計画修正を画策してたわけだけど」

ぽつりと話す彼の、寂しそうな思い詰めたような横顔を眺めながら、
ああ、それでいつも貴方は悲しそうな顔をして、僕を見ていたんですねと思い当たる。

いつも、泣き出しそうな、苦しそうな顔で僕にキスをした。

いつか来る永遠の、お別れ。 なにも、その痕跡も残さずに。

それが、ずっと風間さんを苦しめていたのだと。
たったひとりで、思い悩んでいたのだと。

やっとその痛みが隣にいる僕にも伝わって、そっとその手に触れる。
風間さんはそれを少し驚いたように振り向いて、それからしっかりと握りかえしてきた。


大きな手。がっしりとしているのに、ときどき折れそうにかよわく見えていた。
その理由が、ようやくわかった。

ーーー風間さん。

「どこにもいかないで」



子供のように、ちいさく漏らす。

「うん」

つないだ手に、いっそう力をこめる。


「どこにも、いきませんから」

「・・・うん・・・」


夕暮れの迫る、マンションの一室で。
風間さんは小さく、嗚咽を漏らした。







とまあ、真相を知った経緯はこんなところだ。

ずいぶん長いこと、僕と風間さんとの間にあったわだかまり。
見てはいけないと、互いに暗黙の了解のように横たわっていた、二人を隔てる壁。

知ってしまえば、それはその程度のもので。


僕にとって、風間さんは「風間さん」という生き物だ。
なんのカテゴリーにも属さない、独自の生命体。
だからその正体が宇宙人であろうと、今更なんの問題もなかった。

ちょっとヒドイ扱いな気もするが、実際それで心情的にはずいぶん助かっているので、それでいいと思っている。

そりゃまあ、恋人が宇宙人だった、というのは、
よくよく考えればとんでもないことなんだろうけど。

恋人が風間さんだった、の時点でもう諦めているせいで、
そのあたりはだいぶうまく処理できているように思う。


そう。あのいい加減でちゃらんぽらんでミーハーで、
セコくて気分屋でだらしない風間さんが、我が恋人なのだ。

今更宇宙人と言われようが、多すぎる欠点に埋もれてしまって忘れてしまうことも多々あるくらいだ。なんの問題もない。

・・・ちょっと、言っててイヤになってきたけど。




薬缶のお湯を、保温ポットと冷めたマグカップに移して、
一息入れる。
袋のクッキーをつまみながら、ざっと今まで書いた文章を読み返す。

筆のすすみはまあまあだ。締め切りには間に合うだろう。


・・・自分が大学生作家デビューすることになるなんて、思いもしなかったけど。

風間さんと付き合うなんてトンデモな事象に比べれば、世の中に起こりえないことなどないのではないかと思えるから不思議だ。


去年、たまたま授業の一環で書いた文芸のレポートが、思いがけず教授等の評判を集めたので、
先生方の薦めもあっていくつかの話をまとめて、手直ししたものを小さな賞に送ったところ、出版社のほうで会いたいと声をかけてきた。

応募した賞は逃したが、若い編集者さんが担当についてくれ、本を出さないかと持ちかけてきたのだ。


そのころ僕は親が教師なので、同じ道に進むこともあるかと思って教職の単位を取っていたが、教職に必須の教育実習が大きな精神的負担になったため、教師の道は諦めようとしていた矢先だった。

作家なら、家にこもっていられる。風間さんのそばにいられる。

そんな甘い考えもあって、大学の授業のかたわら、少しずつ作品を書きためているところだ。

今年の頭に、一冊本を出した。あまり売れはしなかったけれど、ありがたいことに次も出させてもらえるようだった。
生涯の仕事にするかはわからないけれど、まあ、いまの生活は僕には合っている。



風間さんはといえば。

ドコに需要があるのか、皆目見当も付かないが。
雑誌に出たりテレビに出たり。

いわゆる芸能人の道、へ紛れ込んでいる。


入学した頃からちょっとしたモデルのバイトをやっているのは知っていた。
たいそう自慢げに、自分の写真が掲載された無料の通販カタログを片手にあちこち見せびらかして回っていたものだ。

僕は内心面白くはなかったが、まあ背は高いし、・・・背だけは高いので
(ほかに誉めるべきところが思いつかない)、
洋服のマネキンがわりくらいにはなるのだろう、と思って放っておいた。

しかし僕の予想とは裏腹に、案外来るのだ、似たような依頼が。


聞いてみれば関係者は皆「キャラクターが独特」と彼を評価した。
撮影現場でその人となりが話題を呼び、それがさらに別方面へ噂になり、
気付けばテレビ、ラジオ、雑誌の取材にグラビアページまで事態が及んでいる。

決してイケメンであるというセールスポイントは聞かないが、今の世に彼の形容しがたい存在感は受けているのだろう。・・・目新しいオモチャとして。


そんなわけで、在学中もなにかとキャンパス内の目を引いた風間さんであったが、卒業して晴れて芸能人の仲間入りを果たした。

先の派手なサングラスと帽子は一応変装であったわけだ。生意気にも。

今日はどっかのおしゃれなカフェで、これまたおしゃれなスイーツとやらを食べる撮影があるそうだ。

あまり興味はない。

見飽きた顔が雑誌やらなんやらに載るというのは妙なかんじだ。
どうせ風間さんが自分で録画なり、雑誌持ち帰るなりしてるので家にはいっぱいそういうのが積んであるし。


けれど、それで一緒に生活している僕とのことを、とやかく言われたくはなかった。
前にも家の前を大きなカメラを持った数人が張っていたことがあって、それはけっこう困ってしまった。

しかし当の風間さんは、
「大丈夫、この僕にまかせたまえ」

といってニヤリとしたあと、小さなワッペンを手元でピカリとやって、
その一瞬で隠れていたカメラマンたちをまとめてどこかに消してしまった。


あまりのことに言葉を失っていると、
「ちょっと記憶と一緒に、おうちに飛ばしてあげただけさ。心配無用だよ」
と軽く(ヘタクソな)ウインクをしてみせる風間さん。


ーーああ、そうでした貴方宇宙人でしたね。
なんでもありですもんね。

ということで事態は収束していった。

あの小型ワッペンはたびたび活躍しているようだ。
物騒なものを平気で使いまくっている風間さんだが、彼に関わってその程度で済むというならかわいいものだろう、と黙認することにした。



そんなふうに、今の僕らの生活は続いている。

これからも、相変わらず鬱陶しくからんでくる風間さんを、
僕は適当にやり過ごすのだろう。
時々喧嘩して。バカバカしいことで笑って。


・・・いつか。


彼とのことを、本にできたらいい、と思う。


「・・・ノンフィクション、って言っても誰にも信じてもらえなそうですけどね」

ひとりごちて、少し笑う。

宇宙人の恋人との生活、なんて。



まるで出来の悪いコメディみたいなその暮らしを、僕は案外気に入っている。

「はやく帰ってくればいいのに」


ちいさくつぶやいて、それから。






ーーーやっぱり今でも、彼と地球とをひきかえにしてもいいと、
   そんなふうに思っていることは、秘密だ。
[追記]

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