03/24の日記

23:23
卒業式の消失/風荒SS
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卒業式のお話。 まえかいた卒業式もののSSとは、関連性ないです。パラレルとか別分岐と思っていただければ。
かきたしかきたししてたら、なげえ!

ちょっとだけ風荒間の距離が縮みました。事情的な意味で。


どうでもいいんですが、pixivにあげた水底SS、
やったら閲覧数のびててビビった... なにがあったの...


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卒業式の席に、そのひとは居なかった。

僕は式場である、新しくできたばかりの第二体育館を見渡して
その人を捜したけれど、見あたらない。
ーあんなに目立つ人なのに。
僕はそこにあるはずの人影を思いながら、落ち着かなかった。


ああ、今名前を呼ばれたのは岩下さんだ。
夏の七不思議会合以来、彼女やほかの語り部たちと直接関わる機会はほとんどなかったけれど、
なぜだかあの日のことは今でも鮮明に覚えている。

重く立ちこめた曇り空、じっとりと汗ばむ体、
薄暗い新聞部の部室。ちゃちなパイプ椅子のきしみ。姿を見せない七人目。
楽しい思い出ではなかったはずなのに、それらは昨日の記憶のように僕の中に残る。
それは怪談話という特殊な舞台効果のせいかもしれないけれどー
そこで僕たちは出会ったのだ。


嫌な人だと感じたことを覚えている。
それから、実際に彼に対してそう言い放ったことも。

冗談半分(いや、彼の人格の97パーセントが冗談といい加減さから
 出来ていることはその後知った)でヘラヘラと笑い顔を浮かべていた彼が、
僕の発言で明らかに機嫌を損ね、結局大人げなくも喧嘩めいた騒ぎになってしまった。

後輩に仲介されるなんて恥だけれど、しかしその場にいた誰もが抱いていた彼への不信感をぶつけること自体は正しい行為だったと今でも思っている。

しかし結局、そのことがかえって僕と彼ー風間望とを
結びつけるそもそものきっかけとなってしまったのだ。



ぼんやりと回想(と、後悔と)をしていると、卒業証書はすでにD組の新堂さんの手に渡るところまで進んでいた。
風間さんは確かH組だから順番から言えばまだ先だ。
彼の言葉がよみがえる。

   明日、もしかしたら僕はいけないかもしれないな。
  ちょっとね、どうしても外せない用事ができちゃったんだ。

昨日あった彼は、そんなことを漏らしていた。
しかし、自分の卒業式より大切なことって、たとえば一体何があるんだろう?

いつだって、そうだ。自分のことははぐらかしてばかりで、
僕のことばかり、僕さえ知りもしないことまで追求するー


僕は彼のことをなにも知らないのかもしれない。
そう思うこともこれが初めてではなかった。


いつも、笑っているのに寂しそうで、
物事の終わりが迫るのが、彼にはすべて見えているみたいで、
帰りたくないとつぶやいた。
なら、ずっとここに居たらいい、そう僕が言っても
黙って首を振るだけの彼。

なら、僕には一体なにができるの?


マイクのアナウンスが響いた。
「三年H組。 風間望」


はっとして僕は顔を上げる。しかし、壇上には彼の姿はなく、
おそらく次に呼ばれるであろう生徒が、困ったように階段に立ちつくし、進むべきかおろおろとしていた。

ー来ていない。

そう思ったそのとき。


「はい」

声がした。
卒業生が座る席とは違う、もっと僕ら在校生席に近い位置から。

会場がざわめいた。声はすれどもその主が現れないのだ。
しかし今の声は確かに彼のものだった。
一体どこに?

わっ、とマイクを前にしていたH組の担任の悲鳴が上がった。
思いがけず悲鳴が真新しい会場にこだまする。

いつのまにか彼は壇上の、先生の眼前に立っていた。
先生も彼のクラスメイトもびっくりして声を失っている。
式場が一瞬凍り付く。
そんな場面で、やはり彼だけがニヤニヤとして、
「はい、先生、いますいます。はやくそれ、ちょーだい」
と、さっさと証書をひったくって悠々と壇を下りていった。

最後の最後まで、風間さんらしい。
会場がぽかんとして固まっているのを尻目に、当の本人はスキップで鼻歌を歌いながら、並べられたパイプ椅子を目指して進んでいく。
泳ぐような身軽さで、あたりを置き去りにした身勝手さに、僕は思わず笑ってしまった。

ふと彼がこちらを見た。目があった、気がした。
風間さんはひときわにやりとすると、指でピースサインをつくり、不恰好なウインクを投げてよこす。
僕に向けているのか、確信はもてなかったが
僕は舌を出し、小さなピースで応えた。

ややあって式は軌道を戻し、その後は滞りなく式が終わる。
しんみりとした宴など、彼には似合わない。
もっとあっけらかんとして乾いていて、
風に飛んでしまいそうな気軽さで。

そういう風に、別れていく。同級生とも、学校とも。

それが彼には相応しいと、たくさんの卒業生の群れと歓声、あちこちで起こるフラッシュや話し声を聞きながら、思っていた。


良く晴れた空と、まだつぼみの桜を背にして風間さんが群衆から抜け出して、
すたすたと僕の横へ歩いてくる。

「卒業おめでとうございます」
決まり文句だから、一応それを口に出す。
「ありがとう。なんだか照れるねぇ」
手持ちぶさたに証書の入った筒をぼんぼん肩にぶつけて、風間さんはくしゃっと笑う。
こういうところは、僕よりずっと幼く見える。背はずいぶん高いのに。

「よく卒業できましたね」
僕が皮肉を込めて言うと、途端に唇をとがらせて、
「むむ。僕はこれでも優等生だったんだよ。大学だって推薦だったし」
「さぼり魔の優等生なんて聞いたことありませんよ」
まあ、それはそれ、と風間さんは誤魔化した。相変わらずな人だ。


「それより、今日間に合ってよかったよ。けっこうギリギリだったんで、ヒヤヒヤしちゃった」
「本当にぎりぎりでしたけど。そこまでの用事って、なんだったんです」

言ってしまってから、はっとした。
普段の僕なら、絶対に聞かなかった。聞くべきでないと、本能的に思っていた。
けれど、今日を逃したら、きっと僕は一生この手の話題を口にはしなかっただろう。もしはぐらかされたら、・・・それをさらに追求することは僕には、出来ない。

おそらく、風間さんという人に深く根ざしている、秘密。
知ってしまったら戻れない、きっとそういう類の秘密だ。

だからこそ、風間さんも僕に話そうとしなかった。僕に気づかれないように振る舞ってきたのだと思う。

この関係が、恋とも言えないような曖昧な日々が、終わる。

それを僕達は互いに知っていた。無意識に、避けるように。


問われた風間さんの顔が真面目になる。そして心底困っているような、
どう説明していいものか悩むような表情になり、珍しく言いよどむ姿に僕は思わず緊張した。
「あー、うん。そうだねえ、いつか話そうと・・・思ってたんだけど。
 僕と君との間だものね。本当はもっと早く、話すべきだった、のかな」

唾を飲み込む。拳を握る。

・・・話してくれる、のだろうか。
それは、正直嬉しいのか、わからない。
嘘でない真実なら、喜ぶべきかもしれない。けれど、時にそれは酷く残酷で、
立ち直れないほどの深い傷と痛みを伴う気がして。

風間さんが話すそれが、そんな悲しい真実でないといいのに。

聞きたい、聞きたくない。
ずっと訊ねたかった。教えてよ、って言い寄りたかった。
どうして話してくれないと、泣きたくなることだってあった。

でもいつもどこかで、絶対に話して欲しくないとも思っていた。
耳を塞いで、この場から逃げ出したかった。知らんぷりして、何食わぬ顔で、
今日も明日も同じ顔であなたと一緒にいたかった。

壊れてしまう。僕と貴方の、透明な絆。


「ーッ」
僕がとっさにさえぎろうと口を開けた瞬間に、

風間さんの手が僕をすばやく掴んで抱き寄せる。


「このまま聞いて欲しいんだ」

そして僕だけに聞こえる声で。
・・・僕は、もうどうすることも出来なかった。


「僕の、本当のお話。はっきりとは言えないけど、信じて欲しい」

まわりのざわめきが遠ざかり、風間さんの心臓の音が聞こえる。
穏やかで落ち着いて、力強いのに、はかなげで。

目を閉じて、貴方の体温を記憶する。このぬくもりを、僕は忘れたりしませんように。これきり、なんてことになりませんように。神様。


「僕は、・・・すごく遠いところから、ここへ来た。
 そして、いつかそこへ帰らなきゃならない」


絞り出すような、小さな声で。


風間さんの言葉は、それだけだった。それきりなにも言わず、ただ僕は彼の腕の中にいた。言葉の意味を反芻する。

とおいところ。

それは、たとえば外国。今のように頻繁には会うことは出来ないだろう。
声を聞くことも、難しくなるかもしれない。けれど、どっちも不可能ではない。

けれど風間さんの言葉から、声から、抱きしめた腕の震えから、
そういう次元の「距離」でないことを僕は知っていた。
物理的な壁ではない。おそらく夢と現実の世界ほどに、この世とあの世の隔たりほどに、はるか昔の世界と現在の交わらぬ時間軸ほどに、きっと彼の居場所は遠いのだ。


いつか、さよならしないといけない。


それもきっと、永遠や無に近いような無慈悲なかおりのもの。
卒業式なんて、ただの節目に過ぎないくらい。もっと圧倒的で無条理で、
つめたくするどい衝撃を孕む響きのもの。


ー死、を連想した。 ぞっとしたけれど、たぶん彼の言う別れに一番似ている気がした。

突然ちぎれる命の糸。二度と繋がることのない別離。

それが、それこそが風間さんを悩ませていたものだった。そして僕が目を背けていたもの。
真実。僕たちの、不格好な恋の末路。
それが、いつも風間さんの前に姿を伴って現れては、彼を苦しませる。


顔を上げると、風間さんは辛そうに目をつぶり下を向いていた。

「君はきっと僕を忘れてしまう。僕がこの世界にいた痕跡も、記憶も、
 なにもかも君から奪ってしまう」
それがつらい、と彼は言った。僕とのすべてはなかったことにされてしまう。
でも僕は全部覚えていて、君のことが好きで、ずっとずっと好きでいたいのに。

風間さんはしがみつくように僕を抱きしめた。息が出来なくなるほどに。
彼の顔はもう見えなかった。深く深く、うつむいてしまって。



「嫌だよねぇ、どうして君なの?
 どうして好きになったのが、こんなにとおいせかいのたったひとりの君なんだろう」

どうして僕と同じ世界に生きてくれなかったの。

責めるような口調で。だだっ子のような理屈のなさで。
けれど声は悲しく震えて、もうほとんど聞き取れないくらいで。

怯えていたのは彼の方だった。
僕は見えない秘密に振り回されて、彼はもっと明確な悲しみにいつだって迫られていた。
へらへら笑っていた彼が、ふいになにもかも無くしたような暗い顔をすることは何度もあった。
その本当の意味を、僕はこのとき知ったのだ。



泣き笑いのような自虐的な声が、ところどころ裏返って、言う。

「・・・今日ね。故郷に行ってたんだ。
 ほんとはとっくに向こうに帰らないといけなかったのね。
 けど僕、ねばって・・・ 何度も何度も延期してくれって、泣いて土下座してさ・・・ 今日も。あと一年、こっちにいさせてくれって、頼みに行ったの。
 殴られたよ。"いつまで遊んでる気だ!"ってさ。
 僕、このまま風間望でいたかった。もっと君に風間さん、て呼ばれていたかった」


ーだったら。いくらだって呼んであげますよ。
聞き飽きて嫌気が差すほど、耳を塞ぐ暇もないくらい。

そのくらい、いくらだって叶えてあげられるのに。

今この瞬間でさえ、その名を呼ぶことができずにいた。


「荒井くん、僕はね、薄情なほうではないと自分では思ってる。どちらかといえば、尽くすタイプだって。御国のためならね。でも今は、その故郷と君とを引き換えに、してもいいと、」

思ってる。 その言葉は嗚咽でかき消えた。


そんなに強く抱きしめたら痛いです、風間さん。
あなたが地元の大学に進学すると聞いた時、僕は素直に嬉しかった。
遠い存在になってしまうのを恐れていたから。
あなた笑ったじゃないですか。また一緒にデートできるって。部屋に呼べるって。
ずっとそばに、いられるって。

僕の頬をぬるい滴が伝った。わかってしまった。


これでお別れ。



風間さんがゆっくりと、僕の両肩に置いた手を伸ばして、引き離す。
すでに涙は乾いていた。
その表情はどこか不服そうな、機嫌の悪い、バカにするような冷めたものだったので、僕は首を傾げてしまう。

「残念だよ。大学ではバイト漬けの日々になりそうだ」

「・・・はぁ?」


言葉の意味が理解できない。この脈絡のなさは一体なんですか?
呆然として立ち尽くす僕にお構いなしに、風間さんは首を振って溜息を吐く。

「実はさ。お上に叱られて殴られて、僕やりかえしちゃったんだよね。止めにかかった数人もまとめて。ちょっとした乱闘騒ぎさ」

・・・ちょっとなに言ってるかわからないです。僕が絶句していると、

「そしたらすごい怒られちゃって。今後の資金援助見送るって」

ひどい話だよねえ、と風間さんは話を結び、僕に同意を求める。
いえ、いや、だから何の話ですか?



「故郷に・・・戻るって話じゃ」

僕が恐る恐る確認すると、

「うんまぁ、いずれね。でもそうすぐはイヤ。大学入試だってお金かかってるのに、もったいないじゃない」

風間さんは腕組みをしてふてぶてしく言い放つ。僕の思考回路が鈍く停止した。

もったいない、ですか。そうですか、そうですよね。
あなたって、ほんとに。

「バカですね、風間さん」


やっと出た言葉はそれだけ。腹立たしいやら呆れるやらで、他に言い回しが思いつかない。

「えーひどいなあ。荒井くんも資金繰りの厳しさはそのうち分かるさ。そうだ、春から一緒のバイトしようよ。僕食べ物やさんがいいなあ」
ああこのヘラヘラした笑い顔。憎らしいったらない。

「結構です。お一人でどうぞ、馬車馬のごとく身を粉にして働いて下さい」
冷たく言い切ると、
「ふふーん。特待生だから学費免除だもんねぇー。アパートの家賃と生活費だけなら
この僕がラクラク稼いでみせるさ!」
「へぇ、さっきと言ってることが違いますね。いいですよ、ちゃんと働いているか確認しに行ってあげます」
「荒井くんお店に来てくれるの?! うわー楽しそう!」
風間さんは子供みたいにくるりと回転した。すかさず言ってやる。
「もちろんです。あなたのツケで」
「ええー!」

オーバーなリアクションで、がっくりと肩を落とした。いい気味です。
それはさておき。

「いつか、帰っちゃうんですね」
桜の花が風に散る。風間さんが体を起こして、
「え、まあね。でもみんなそうでしょ? いつかは、離れ離れになって」
もうまばらになった、制服たちの群れを見やる。

さようなら。元気で。
そんな声が言ったり来たり。

「そうですね」

遠い世界の映像を見るような気持ちで。


「荒井くん、僕の故郷に来るかい? 僕のお嫁さんになって、さ」


僕は振り向かなかった。そのままの体勢で、何気ない口ぶりの彼の声を聞いていた。
少し湿り気を帯びた空気に、その音色は溶けていく。


「そうですね、考えておきます」

いつかくる別れより、永遠に近い契りのほうがましだと思うその日が来たら。


「ですから、答えを聞くまでは」
あなたは僕のそばにいてください。

さようなら、を言うのが今の僕にはまだつらいから。
それまで保留にさせてほしいと。


否定も、肯定もなく。
ただ風間さんは、
「そっか」
とだけ言って、校門を過ぎていくかつてのクラスメイトたちを見ていた。

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