題名は未だ無し (創作小説)

□第一章
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君はヒトクイに出会った事があるか?
再度聞く。
君はヒトクイに出会った事があるか?
その存在を、喰われる事の痛みを、ギラつく歯列を、
君は知っているか?




一、
それは突如として私の脳裏に住み着いた。肉体的損傷を伴わないこの病はいつも大脳皮質の裏辺りで暴れている。
いや、これは脊髄反射に近いのかもしれない。
この病は幾分特殊で、私の精神、本能、嗜好を私を人足らしめる幾ばくかの理性のみを残して動物のようなモノに成り下がらせた。

私を苛むこの病の原因であろう事実は、二年前にさかのぼる事が出来る。
因果の因である彼女は何だったのかも、今どこにいるのかもとんと知れぬ。
ただ私が彼女が原因だと思い込んでいるだけで、彼女に一切の責は無いのかもしれず、
この病の因であるべきものは自分の隠れた本質かもしれず、はたまた自然発生的に導かれたものなのかもしれぬ。

私にはわからない。
だけれども、私は彼女と寝たという事実は曲げられない。
彼女は新宿で泥酔して自らの嘔吐の中で倒れ伏していた私をホテルに連れ込み、あまつさえ私を犯したのだ。
寝たという表現は適切ではない、犯されたのだ。
おぼろげながら覚えている彼女の黒く長い髪は私の頬をくすぐり早くも二日酔いで頭のガンガンする私を苛立たせたが、
アルコールの白い靄のかかった脳は正常に働くことを拒否。
私は諦め、なされるがままに眠りに落ちていった。
真夏の陽光の眩しさに目を覚ますと、私は路上に突っ伏していた。
昨晩のあまりにリアルな出来事は夢かと思ったが、
私の寝ていた嘔吐の中で目を覚ましたわけでもなく、
持っていた荷物を体の脇に揃えた記憶もない。
そういった一つ一つの現状を飲み込む度に、私の身体が、精神が、
爪先から髪の毛先までが肥溜めに浸かり、汚ならしく腐臭を放つ存在であるかのような気がしてならなかった。
帰ろうと立ち上がると、朝だというのにもかかわらず恨めしい程の夏の気温と湿度が、私の腐乱をさらに押し進め、臓腑には蛆が涌いたような感触がした。

なんとか家に帰り着いた私はシャワーを浴び、
ノズルからほとばしる冷たい水を飲むと気が遠くなって倒れた。

浴室のタイルの上で気がついた私はうだる程の西日に当てられた部屋の室温にもかかわらず凍え、震え、ベッドに倒れ込むと同時に眠り込んだ。
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