天藍国記 黒鳳凰 1

□第五章 Fair game.
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『強くなりたいんだ!』

あの焔星に憧れてる子に、あんな事――出来る筈がない。

(・・・っどこの馬鹿だ!!)

あんな事を空にさせようとしたのは――。

腹の底から沸沸と怒りが沸き上がる。
怒りを感じた瞬間、風が追い風に変わり、恵の加速を更に上げた。

高校時代ならともかく、長い間引き籠もっていた恵に、普段ならこんなスピードは出せないだろう。

風は、まるで恵を手伝う様に、背中を押す。

――真実を見極めろ、とでも言う様に・・・。

駆ける足がまるで宙を翔んでいる様だ。

――天藍(ティエンラン)の風には意志があるという。

風は人を選び、使命を与え力を与える。

ならばこの風は、今自分に真実を見極める事を使命した。

恵の背を押すこの風こそが、与えられた力の様に感じた。

豆粒程に小さくなってしまった空の背中が、小さなあばら家の様な家に駆け込んで行くのが見え、恵はやっとスピードを緩めた。

(あれが・・・空の家?)

田舎に棲む祖母の家の近くでも、あんな状態の家を見た試しはない。

まるで、ほったて小屋ではないか。

幼い頃読んだ絵本に出てくる、貧しいきこりの家の様だ。

(空・・・)

恵は家の前に立ち、息を整えノックをしようと、軽く握られた拳を扉に近付けた――が、

『――っこの、役立たず!!』

中から聞こえる女の声に、身を固めた。

『アタシは殺せって言った筈だよ!!』

バシッ!!

殴打らしき音に、恵は息を呑み、扉を開けて家内に飛び込んだ。

「空!!」

床に蹲る空の小さな背を足蹴にした、髪の長い女が振り返った。

「アンタ・・・」
「・・・何、してる・・・?」

恵の唇から漏れた言葉に、女は怪訝そうに眉を潜めた。

「あんた・・・空の・・・?」
「・・・ば、か・・・」

呻く空の呟きに、はっとした様に女――空の母親は、恵を見た。

「凰――娘娘・・・?」
「あんたが・・・空のお母さん?」

――逃げろ

空の唇が動き、声なき声ではっきりとそう言った。

「あんたが――あたしを・・・?」

殺せって言ったの?

「そうさ。アタシがアタシの息子にアンタを殺せって言ったんだ」

言葉にならぬ恵の声を聞いたかの様に、女は醜く口角を上げた。
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