天藍国記 黒鳳凰 1
□第十七章 Moon river.
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第十七章
Moon river.
〜河海に流されて〜
――頭
もう痛くない。
――身体
まだちょっとダルいけど大丈夫。
吐き気も無し。
熱も下がった。
こめかみの痣だって――前髪で隠せるし。
「――よしっ!」
池田 恵――完全復活!!
――あれから四日。
恵は雨に打たれ熱を出して寝込んだ。
熱事態は二日で退いたが、結果的に蒼天(ツァンティエン)に二日だけ滞在を延ばし、つい昨日、蒼天の碧(ビー)家を発ち緑石(リューシー)や莓莓(メイメイ)に案内され、蒼天の外地にある港町・榮港(ロン ガン)の宿に入った。
船の手配は既に出来ていたが、恵の体調を考えた好象大人(ハオシャンダァレン)は、出発を待ってくれている。
「――デカい船だねぇ、アレを貸し切りかい?」
港に繋がれた船を見て、梅華(メイホワ)が感嘆の声を洩らす。
宿から少し離れた場所にある港は活気に溢れ、様々な物売りや荷を引く水牛、長旅を終え、迎えに来た家族と再会した船乗り達の笑い声で賑わっていた。
「皇天(ホワンティエン)にみすぼらしい船で入る訳にもいきませんからね」
青天(ティエン)が海路図を見乍言った。
「今回の目的が目的ですし・・・葬儀や選帝の儀式の為に、各天から船が押し寄せますからね」
「はぁ〜・・・お偉いさんは違うねぇ」
「あれ、それひょっとして厭味ですか?」
「そう聞こえたんならそうかもね」
「梅華・・・まだ怒ってるんですか?」
海路図から目を上げ、青天は梅華を見た。
「別に・・・」
梅華はぶっきらぼうに言った。
「あの娘がアンタ等を責めてないのに、アタシが責める訳にもいかないってだけさね」
「梅華・・・」
「『凰娘娘』(ホァンニャンニャン)か・・・あの娘がこの世界の人間なら良かったのかね・・・」
「・・・・・・」
連日の雨で水嵩の増した河海(ホーハイ)に目を向け呟く梅華を、青天は掛ける言葉も無く黙って見つめる。
恵がこの世界の人間だったなら・・・。
(確かに・・・)
こんな風に
いつか元の世界に彼女が帰ってしまう可能性に、淋しさを感じる事すら――なかったかもしれない・・・。
「――で?」
梅華の声に、青天は顔を上げる。
「その恵はどうしたんだい?熱はもう下がったんだろ?」
「――恵なら、宿の食堂だよ」
こちらへ向かって歩いてきた空(コン)が、二人に言った。
「空・・・」
「うぉ〜・・・すっげーでっけぇ」
船を見て、目を輝かせる空に青天が問う。
「空、食堂って・・・?」
「何か莓莓のねーちゃんに引っ張られてった」
「碧 家のお嬢さんに・・・?」
「あはは・・・随分仲良くなったモンですねぇ〜あの二人も・・・」
「・・・どしたの、青天。何か怖ぇ・・・」
「いや・・・アレは『仲良くなった』っつーか、さぁ・・・」
梅華はぽりぽりと頭を掻き乍、宿の方角を見た・・・。
「――さぁっ、お姉様っ!どうぞ沢山お召し上がり下さいませっ」
「――あ、ありがとう・・・」
(つか、『お姉様』って・・・)
恵は目前に並べられた数々の料理を見て、若干引きつった笑みを浮かべる。
「でも、こんなにいっぱいはちょっと・・・」
(あたし、一応病み上がりなんですけど・・・)
「何を仰るんですのっ!?お姉様っ!!」
莓莓は食卓の向こうから身を乗り出す様にして言った。
「こんな時こそしっかり食べなくては!宿の料理人に腕を奮わせましたのよっ!?」
「や、でも一人ではちょっと・・・」
「フォーには皮蛋(ピ- ダン※ピータン)を入れて下さいませね。
水牛の乳を使った野菜の餡儿架(ドウ シア ル ジア※あんかけ)もありますわよ。
それから熱々の汽蒸蝦(チ- ジョン シア※蒸し海老)に、花生色拉(ホア ション ソ- ラ-※落花生のサラダ)――あっさりしていて美味しいんですのよ。
油炸春卷(ヨウ ジャ- チュン ジュエン※揚げ春巻)には水汁(シュイ ジ-※ヌクチャム)を付けてお召し上がり下さいませ」
「・・・・・・」
(・・・早くて何て言ったのか分かんなかった・・・)
「お姉様――どうなさいましたの?」
莓莓が小首を傾げて恵を見る。
「召し上がって――戴けませんの?」
「や、そんな事は・・・」
「やっぱり・・・」
莓莓はしゅん、と俯いた。