天藍国記 黒鳳凰 1
□第六章 Each departure.
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第六章
Each departure.
〜出発〜
いつだってそうなの
後から気付くの
何度も悔やんで唇噛んで
一瞬の内に何万回も謝るの
――この胸の内で・・・
――その後、
駆け付けてきた青天(ティエン)によって、孤児となった空(コン)は『保護』された。
空は茫然としたまま涙を流し、恵は泣きじゃくり、青天の服を掴みながら一部始終を話した。
――焔星(イェンシン)は空のお母さんの祈りを聞き遂げたの。
――なのに、あたし酷い事言った。手まで上げてしまった。
――もう、こんな自分やだ。
――人の気持ちも解らない自分はいやだよ・・・。
話を聞き終えた青天は、泣きじゃくる恵を宥め、空をおぶい、恵の手をひきながら好象大人(ハオシャンダァレン)の屋敷へと、二人を連れて帰った。
空は好象大人の手に委ねられ、その夜は大人の部屋で休む事になった。
夜遅くまで部屋から灯りが漏れていた処を見ると、ろくに眠っていないのだろう。
恵にしたって同じである。
泣きじゃくる恵を、青天は宥めてくれたが恵の気持ちは中々晴れない。
人が――殺し殺されるところを、初めて直に見たショックも勿論だが、その殺した方が、今一つ屋根の下に住んでいる焔星だと謂う事実は衝撃的なものだった。
それだけではなく、空の母親の気持ちを汲み取った筈の焔星を散々責めて、手まで上げてしまった事がそのショックを上回り、己を激しく叱責する。
あの時、空の母親の気持ちを焔星だけが理解した。
それなのに、自分は感情に支配されるまま、彼をなじってしまったのだ。
今、この場に焔星がいないのは、きっと自分の所為だと痛感していた。
――焔星が、その夜大人の屋敷に戻った気配もなく朝を迎えると同時に、梅華(メイホワ)が大人の屋敷に到着した。
梅華の合流を待っていた大人は、直ぐまた梅華を交えての打ち合わせに、青天と共に入ってしまった。
――未だ、空が大人の部屋から出て来る気配はない。
その事が気になりつつも、恵は鶴太太(ホータイタイ)の看護(カンフー※介助)に必要な荷物の準備と、自身の旅支度を始めねばならなかった。
自分の気持ちに籠もる間もなく、恵は先ずリストを作成し、入念にチェックしながら、鶴太太の看護に必要な物をかき集める。
――着替えは必要最低限。
尿布(ニャオブー※オムツ)の替えだけ多く用意した。
衣服を洗濯する為の盥、嚥下の不調な鶴太太の食事にとろみを加える為の玉蜀黍の粉、褥瘡(じょくそう※床擦れ)防止の小さなクッション数個、口腔ケアセット・・・。
(後、タオルもいっぱい必要かも・・・毛布、もいるかな)
屋敷中を駆け回り、笨重(ベンジョン)や下働きのおばさん達にも声を掛け、部屋の中に用意した荷物を積み重ねていく。
「・・・いっぱいあるねぇ・・・」
笨重が山の様に積み重ねられた荷物を見て、ぽかん・・・、とした口調で言った。
「これでも押さえたんだよ・・・。荷馬車で行くんだっけ?積めるかな・・・」
――今回の旅は、鶴太太同行の為、荷馬車を恵や笨重が看護しやすい様に改良するのだそうだ。
(後で荷馬車の方もチェックしないと・・・)
今更ながら、やる事の多さに気付いたが、引き受けたからには責任がある。
空の事は確かに気にはなるが、先ず優先すべきは鶴太太だ。
「好好(ハオハオ)・・・、やってるな」
好象大人が部屋に入って来た。
「あ、大人・・・」
「後、おばさん達に玉蜀黍の粉を多めに頼んどいたから、まだ増えそうなんだけど・・・大丈夫かな?馬車に積める?」
「好好、何とかするさ」
大人は、荷物の山を見てもさほど動じずに、にこやかにそう言った。
「後は青天と俺に任せとけ。お前さん達も、荷支度すると良い。
――笨重、焔星はまだ戻らないのか」
「え、うん・・・」
(焔星・・・)
――あたしの所為・・・?
「恵」
大人が、俯いてしまった恵を見て言った。
「自分の所為だと思うなよ。焔星が中々戻らないのは今に始まった事じゃねぇ」
「でも・・・」
「空も大分落ち着いてきた。アレも良い子だ。お前さんが落ちてたら、不安が鶴太太に伝染する・・・判るな?」
「・・・はい」
「好。良い子だ。――時に、鶴太太はどうしてる?」
「部屋にいるけど・・・そうだ、大人」