小説

□すれ違い、片想い。
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貴方が大好きなのに、

貴方は私のほうを向いてくれない――



「んっんっ、ゆぅ、やぁ……っ」
聞いたことの無い女の声。その声が私の愛しい人の名前を呼ぶ。
ギシギシと音を立てるとなりの部屋のベッド。耳をふさいでも聞こえてくる、なんて不快感。
「はぁっ、結也ぁイイよぉ」
私の大好きな人。何であなたなんかに、盗られなきゃいけないの?これみよがしに名前なんて呼ばないで。あなたの声なんか聞きたくない。
私が聞きたいのは――
「……っ、匪口さん……」

知らない女の喘ぎ声が止んで、しばらくすると、キィ、ととなりの部屋のドアが開く音がした。
「じゃあね結也。また来るー」
「んー、はいはい」
響く女のひとの妙に高い声と、匪口さんのダルそうな返事。
ギイィ、先程よりも重いドア――玄関のドアの開く音。
バタン、としまったその後すぐ、私がいる部屋のドアが静かに開いた。
「あぁ、やっぱり来てたね……?桂木」
匪口さんはそう言って少し微笑んで、ゆっくりと開いているドアを閉めた。

「うん。ねえ、今の人……」
そこまで言って、どう話し出そうか、悩んでいたら。
「ん?あぁ別に彼女とかじゃないよ。俺今彼女いないしね」
「あ、うん……そっか」
駄目だ、目が泳ぐ。匪口さんがこっちに近づいて来て、私の目の前で、笑った。
「もしかして桂木が、彼女になってくれる?」
「え、……ひ、匪口さんそれっ、皆に言ってるん、でしょ?」
「あは、バレた?」
くくっ、と笑って私の頭に優しく手を置く。ズルイよ、私に気なんかないくせに、皆に同じ様な事言うくせに、なんでそんなに優しいの。
「んっ」
触れた唇。私に口付けるその仕草すら優しくて、分かっているのに。私も大勢のなかの一人だ、って。なのに逆らえなかった。
ゆっくりと、匪口さんの手は私の下半身へと伸びていった。
「は、んぅ……匪口さん……っ」
「桂木、可愛い」

匪口さんの笑顔が、私をマヒさせてく。ここにくれば、それまで“誰”と“何”をしていても、私の相手をしてくれる。それに甘えて、まるで麻薬のように……いつもここへ来てしまう。
この部屋だけは、私だけ、が勝手に入れる匪口さんの部屋。だからって、トクベツ、なんて思っちゃ駄目だ。そんなのは自分が傷つくだけ――。
「匪口さんっ……」
大好き。大好き、愛してる。
だけど、言葉には出来ない。しない。言ったらそれで終わってしまう。そんな気がするから。

「桂木、愛してるよ」
ゆっくりゆっくり、侵されていく、麻痺していく。
深みに、はまっていく。
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