小説

□愛してる、だから名前を呼んで
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「ひ、ぐち、さ……ん?」
愛しい人の名。
そして、今はもう。縛りとなってしまったその名。



「どうしたの、桂木」
少し首を傾けてゆっくりと声のほうに向く。
「……いたい、よ。匪口さん……いたい」
あぁ何て必死な目。ねえ桂木、今その目、救いを求めるその目には俺しかうつってないよね?
ゆっくりと桂木の所まで歩いて、じっ、と目を見つめる。
「ひ、ぐちさん、匪口さん……」
祈りの様に、呪いの様に、俺の名前だけを口にする桂木。
そう、俺だけを見れば良いよ。俺だけ、を認識すれば良い。
俺の名前だけ、呼んでよ。
桂木の中に俺以外を住まわせないで。
“ココ”に居れば良いんだよ。

ヒカリの無い桂木の目。だけど確かにその目は俺を見ているから。
俺はキミに、つなぎとめるためのシルシをつける。君が堕ちていくのが分かる、俺が堕ちていくのが分かる、けど、俺はそれをやめられない。それは君の目が俺を見ているからでしょう。

俺の手で桂木の体が傷ついて、赤く染まる。俺の手、で……君の体に“アト”が残る。俺しか桂木は傷つけられない。
俺の“アト”。止まらない。
「い、たっ……よぉ。痛い、匪口さん……っ」
こんなにも俺を、俺の存在を認識してくれる。
「匪口さ、っん……匪ぐ……っちさぁ……ッん、いたいっ、」
俺の名前を呼んでくれる。
裂ける肌。そこから流れる赤い、赤い血。もうどれだけ流れただろう。歪む桂木の顔。血が流れる、裂けたその口から、
「痛いぃ、よ……っひ、ぐちさっっ、あ!い……たいぃッ」
紡がれる俺の名前。

アア、
何て幸せ。

爪をたてて、殴って。そして手に持った刃物で、キレイな桂木の肌を裂いて、傷アトを付ける。
「あ、あ゛ぅ、止めっ、匪口っ、さ……!!」
縛りつけた小さな体。抵抗すらできない体は、俺にされるがまま。傷ついてく。
無数についた顔の傷にゆっくり舌を這わせれば、更に桂木の顔は歪んで。
「……っ、ぁあッ、い……ッ」
裂けた肌の“アト”を、傷にそって俺の舌がなぞる。切れた皮膚の下、ピンクの肉に舌を這わせる。赤い液体が口内に流れ込んだ。
皮膚の下で俺の舌が動く度に、ビクンッと小さくはねる桂木の体。その反応が、嬉しくて嬉しくて、嬉しくて。
俺は何度も何度も、幾度と無く桂木の傷を舐めた。血の味が口の中を満たしていく。

桂木は、何時終わるか分からないその行為に、疲れきって声もあげられないみたい。ビクビクと苦しそうに身体を捩るだけだった。
俺の舌は、桂木の傷を一ヶ所一ヶ所、ゆっくり舐めあげて、場所は顔から下へと移っていく。胸には顔よりもヒドイ傷が数箇所。その場所に触れると、ここまでしても泣かなかった桂木の目にも、涙が浮かんだ。
「……っっ!?ア、あッ、っうぅあッ!」
もはや言葉にはならないが、うめき声を出してボロボロと涙を溢している。可愛いな。
爪のはげた皮膚を舐める。見上げればうつろな桂木の目と、くいしばる力もなくなった口。それを見て、俺は笑った。
「あはは、桂木、桂木。お前は俺だけのだよ。俺以外をその目で見ないで?俺以外とその口で話さないで?……愛してるよ」
腕に俺が引き裂いた傷、肩まで続く愛のアト。確かめるように指でなぞって、その端に口付けた。
「……う、…………匪口……さ、ん」
また、呼ばれる俺の名前に。口角が上がる。腹部にあるいっそう深い傷、に目をやって……そしてやはり、舌を這わせた。
「あ゛……ッ!」
ああ、あぁ俺のする行動に素直に反応する桂木の体。
愛しい愛しい、愛しすぎて狂っていく。

舌を離して桂木の顔に手を伸ばす。
「っ!?」
ガッ、と両手で顔を掴むと、桂木はビクリと体をすくめた。
「あは、こわいの?ねぇ、桂木。俺のこと……愛してる よね?」
顔が触れるほどに近く、桂木の目を深く深く覗きこむ。
「ね、俺しか見えてないよね?」
「っ、あ」
「桂木」
あはは、虚しい笑い声が響く。
「桂木っ」
響いて、闇にとけていく。
「桂木ッ」
狂った笑い声が、闇を満たす。
「桂木!!」
叫んで、そして、声が、止んだ。

「どう、した……の?」
「は、は…………」
ぽつり。うつむいた顔から ひとしずく。
「……ぇ、」
「俺の、名前……よんでよ。桂木……」
その声は闇に消える。
「泣いて……る?ひぐち、さん?」
おちた涙はアトを残す。
「あいしてる」
狂った愛。だけど確かに愛だから。


愛してる、だから名前を呼んで。
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