01/13の日記

02:22
装甲悪鬼 景明×村正
---------------


御堂は時折私の身体を磨く。
それは私の存在がツルギという、彼にとっては必要不可欠なものだから。
手入れをしない刀が痛んでいくのと同様に、ツルギも手入れをしないといけない。でないと、斬れるものも斬れなくなってしまうのだ。

「村正、痛くはないか?」

『…私の身体は鋼鉄で出来ているのよ?余程のことがない限り、痛みなんて感じないわ』

「そうか」

『ええ』

…今更ながら、変な男だと思う。
最初の辺りは私のことを道具だと言っていた。お前は所詮俺の道具にすぎないのだから、と。
そして私もその通りだと思っていた。彼にとって私が道具であるのと同様に、私にとっても彼という存在はただの道具にすぎなかった。ツルギにはどうしても使い手が必要だ。だから彼は自分を動かすためだけに存在するただの"手足"としてしか認識していなかった。
善悪相殺という呪いに彼が悲しんでいても、苦しんでいても、ただ冷めた眼で『契約を果たしなさい』と促し、彼に更なる殺戮を求めることしかしてこなかった。
そしてそれに耐え切れず、彼が狂いかける度に『耐え切れないなら私を憎みなさい。全てを私のせいにしていいわ。壊れるのは、その後にして』と、そう同じことを言い続けた。
そしてその"助言"通り彼は私を憎んだ。憎んで憎んで、嫌悪して。それでも私を使って人を殺して。端から見れば狂っているとしか言いようのないその行為を、矛盾の上に更なる矛盾を塗りたくった殺人を彼は繰り返し続けた。

するとある日、彼はこう言った。
「憎むべきお前を愛してしまった。俺はこの後どうすればいいのだろうか」と。

村正自身、憎まれたことは今まで幾千もあれど、愛されたことは、今回が初めてのことであった。
そして彼女がその時感じた感情は戸惑い、訝しみ、焦り、そして、何故だか沸き起こる大きな喜び。

しかし村正はツルギだ。その身は鋼鉄で出来ており、見た目なんて誰もが気味悪がるほど巨大な、赤蜘蛛。
それでも構わないのか。このような気色の悪い姿でも、愛情を注いでくれるのか。そう始めに村正は自身の仕手に問うた。そしてその問いに彼は是、と答える。
それは、二人の関係が大きく変わることを意味していた。


…そして現在にまで至っている。
彼は言葉通り、とても不器用にだが村正を愛した。そして村正も出来うる限りそれに応え続けた。それが、二人の今の状況だ。

「村正、大方拭き終わったぞ」

『……そう。ありがとう』

ツルギを手入れするのは仕手として当然のこと。
しかし一応礼は言っておく。少しぎこちなくなってしまうのは彼女が礼を言い慣れていないだけのことなので、是非とも見逃してほしいところだ。

「村正、愛している」

『ええ…』

「……すまないな…どうも、俺は口下手のようで」

「あら、言葉を巧みに扱える御堂なんて御堂じゃないわ」

すると突然、機械越しに聞こえるような…景明にとっては聞き慣れたはずの村正の声が、より澄んだものに変わった。
景明は驚いたように一瞬、眼を見開く。
まだこの"姿"の彼女を、彼はあまり見慣れていなかった。

なんてことはない。そこにいたのは血のように赤い装甲で構成された蜘蛛ではなく、血のような赤い衣を身に纏った美しい女だった。
ただ、それだけのこと。


「私のこの"姿"はまだ見慣れないようね?御堂」

唖然とした表情で固まった自身の主を見、困ったように村正は笑う。

ああそうだ、見慣れないとも。今まで二年間、お前はずっと赤蜘蛛の姿だったのだから。
そんな小さな抗議は言葉にならず、ただ景明の胸の内で融けていくのだった。

それは村正がまだツルギとなる前…つまりは普通に人間として生きていた頃の姿であった。
まだ幼さを残したその輪郭から、彼女は随分と若い頃にこのツルギを打ったのだということが理解できる。
しかしそれもそのはず。村正が生きていた時代は今は遠い戦乱の世であった。
当時南と北に世は分かたれ、どちらが天下を治めるかで戦が頻繁に勃発していた。
それが何百年経ったころだろうか。武士が持つ武器はただの刀でなくツルギへと進化した。そしてそれに己の魂を吹き込み、強力なツルギを生み出すことに特化した一族を人々は蝦夷という俗称で呼んだ。
そう。少女は蝦夷であった。幼い頃から"村正"の一族の名を受け継ぐツルギを打つためだけに育てられたツルギ鍛治の職人だった。褐色の肌と白銀の髪、そして蜜色の瞳は彼女が蝦夷であるという確たる証拠だ。
そんな少女は幼いながらも初代村正である祖父と二代村正である母を心から慕っていた。祖父はそんな孫娘を溺愛したし、母は時に厳しく接しながらもたった一人の愛娘をそれはそれは可愛がった。

『かか様、いくさ?またいくさなの?またたくさん、人が死んじゃうの?』

戦が起こる度に少女は金色の大きな瞳を潤ませて母にそう問うた。少女の母はそれを肯定しながら「主は冑が後を継いで村正となるのだろう?村正は泣かぬ。村正は強く在らねばならぬ。故に泣くな。幼き頃から村正は強く在れ」と少女に厳しく言い付けた。

『かか様がこの戦を終わらせてやる。さすればこの惨き光景を目にすることもなくなるだろうて』

『冑が娘よ、しかと見ておけ。そして戦が何たるかを常に胸の内に含んでおくのだ。でなければツルギとはただの殺戮の道具に成り下がる』

『村正には善も悪もない。故に全てを等しく滅する。善悪、それ乃ち人の主観によりて反転す。…くれぐれもそれを忘れるな』


幼い自分にそう言ってくれた母も今はもう狂ってしまったけれど、それでも村正は彼女の言葉を忘れることはなかった。
つまりは、止めなければならないのだ。この平和な世を脅かす"銀星号"もとい二代村正という存在を三代村正は速やかに削除しなければならない。
三代村正の仕手であり、恋人である青年と共に。

「村正…?」

「大丈夫…ちょっと怖くなっただけ。すぐに戻るわ。…でも、今は…貴方の体温を少し感じさせて」

戸惑う青年の声を余所に、村正は彼の肩口に額を寄せた。
大丈夫。大丈夫。村正は強い。だから村正は泣かない。村正はツルギだから、涙なんてとうの昔に涸れている
額に己の仕手の温もりを感じながら、村正はそんな暗示を自己にかけ続けた。絶対にこの人だけは死なせないと堅く心に誓いながら。

「村正…お前は、いつもこうして独りで…泣いていたんだな」

悲しそうに景明は言って、村正の銀色の髪を撫でた。まるで幼子にするそれのように。
その撫で方があまりにもぎこちないものだったので、思わず不器用な母の面影を重ねてしまい、村正は少しだけ悲しくなった。

御堂、好き。
掠れた声でそう言った。



( 決戦前夜 )


私達は明日、決着をつける。
景明の手によって磨かれた村正の装甲は鈍い輝きを放っていた。



end

前へ

日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ