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□ボコ愛 05:口の端が切れた
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気付けば少年は高価そうな宿のベッドの上で眠ってしまっていた。
覚醒した後、それに気付いた少年は大変驚き、思わずベッドの隣側を見遣ったが、そこに昨晩の青年の姿はなかった。
しかしその代わりだとでも言わんばかりにダブルベッドの一人分あいたスペースには今まで見たことがないくらい大量の札束が積み重ねられていた。


「よくやった!」

よくやったよくやったよくやった!
最高だ!お前は最高に親孝行な息子だ!
お前のような子を持てて父は嬉しいよ!

いつもは暴力ばかりを振るう父親の機嫌はその日、頗る良かった。
あの大量の札束が彼をこうしたのだろうか。だとしたら昨晩出会った青年に心から感謝しなくては。
少年は内心安堵の息をつきながら、若干興奮気味の父親を見つめていた。


「…で、その客の名前は何と言うのだ?」

お前のような薄汚れた男娼にでもこれだけ金を貢いでくれたのだ。
さぞ名高い貴族か騎士なのだろうな。

しかし父親のその言葉を聞いた瞬間、一転して少年は焦燥の念に駆られた。
息子のその表情を見、男は訝しげに目を細める。


「…お前、まさか」
「すみま、せん…聞くのを忘れて―…」


すると少年がその弁解を言い終える前に乾いた音が狭い空間に響く。
瞬間、男が飲んだ大量の酒瓶の中へ少年はがしゃんと大きな音をたてて倒れ込んだ。
嗚呼、殴られた頬が熱い。口内を鉄の味が占める。割れた酒瓶の破片が突き刺さった頭がとても、くらくらする。


「それじゃあ意味がないだろう!」

金を持ってる奴をお得意様に出来なきゃ意味ないんだよ!
やっぱりお前は役立たずだな!
全く、誰が養ってやってると思っているんだこの愚図が!

父親が自分を罵倒する声が聞こえる。
その上で苛立だしそうに腹を蹴られ、苦しくて咳き込んだ。

……ああもう、またやっちゃった。嗚呼、すごく痛いなあ。なんだかぼくもう、疲れちゃったよ。

口の端から口内だけでは収まりきれなかった血が、ごぽりとこぼれる。
父親の無法な暴力に憔悴しきった少年が全てを諦めたように目を閉じたその時、ぐしゃ、とナニかが潰れる鈍い音が聞こえた。


「……醜い口は閉じていなさい。耳障りだ」


同時に、聞き覚えのある声がそう言葉を紡ぐ。
少年は思わず閉じていた目を見開いて、音の聞こえた方を見た。

するとそこには予想通りの人物が昨晩と全く同じ佇まいで悠然と存在していた。


「……、…っ!」

また自分の前に青年が現れてくれたことが嬉しくて、少年は必死で彼に話しかけようとするものの、唇からは真っ赤な血ばかりがこぼれて声を発することができない。
少年のその様子を見、青年は先程の冷酷な面とは打って変わって悲しげに目を伏せると酒瓶の山に倒れ込んだままの少年を優しく抱き起こし、上半身を壁で支える形にして傷だらけの彼を座らせる体勢にした。


「……今貴方には二つの選択肢がある」

そして突拍子もない青年の言葉に少年は戸惑いながらもとりあえずはこくりと頷く。
青年はそれに対し一度柔らかく微笑んでから、言葉を続けた。


「まず一つ目は、ここで安らかな死に身を休めるか」

「そして二つ目は、私の眷属の僕となるか……つまり、貴方は理性あるおぞましい化け物となる」

まだ生に執着があるならば後者を選びなさい。だけどあまりお勧めはしませんよ。
化け物には化け物なりの苦労があるのだから。
寧ろここで父親と共に死んだ方が生前はとても親孝行な息子という人生になるのでまあ、美しくはありますね。

そこまで淡々と述べた後、青年はちらりと後ろを見遣る。
彼が見ている先には赤い海が広がっていた。そしてその中心には見覚えのある肉塊がころがっている。
唯一の肉親のこのような姿を見てもなお、あまり心が動かされない辺り自分は思いの外、父に対し執着がなかったようだ。
そこまで思考が達すると、それでは今まで自分は何の為に頑張ってきたのかが全て馬鹿らしく思えてきた。
こんなにも簡単に捨てられるのなら、もっと早くに捨てておけばよかった、と。

その時点できっと既に、ぼくの答えは決まっていたのだ。



不思議と死にたくないとは一度も思わなかった。
ただ、今ここで死ぬよりもこの先で貴方の為に死んだほうがずっと、ぼくの命は有意義なものになると思ったから。



( 口の端が切れた )


こうして少年は、歳を取らぬ化け物となったのです。



end






一応解説をば…
フィナと出会った時点で少年は既に半死に状態でした。
だから本来人間は入れないようにしているところに入れたんですね。
そしてフィナは少年の寿命が永くないことに気が付いていました。
フィナは貧しい少年達には優しいです。だから同情や憐憫で眷属増やしまくってアルト姫にぼこられるんですね、わかります←
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