.

□琥珀色の思い出
1ページ/1ページ



アンティーク製のティーカップ二つへこぽこぽとどこか心地よい音を立てながら透き通った液体が注がれてゆく。
ほかほかと湯気を立てるそれからは鼻をくすぐるような強いアールグレイの香りがした。


「砂糖はいくつだ?」
「……リィゾと同じで」
「じゃあ、一つだな」

ぽちゃん、と軽い音を立てながら白いそれはティーカップの中へと落ちた。
そして温かいを通り越した液体に放り込まれたそれは、瞬く間にその四角い形を崩していく。
私はその様子がまるで私のようだ、なんて考えてしまい、らしくもなく物思いに耽った。


「……そのように必死に見つめるものでもないだろう。それともアールグレイがそんなに珍しいのか?」
「んー…そうでもないんですけれどね、ああ…もしかしてリィゾが入れてくれたからでしょうか。いつもよりもずっと綺麗に見えます」
「…嘘を吐くな。馬鹿が」
「え、それは言い過ぎですよ。酷いなあ…」

愛しい黒騎士が自分の前でだけ口調を柔らかくしてくれるのは幸福の極みだけれど、流石にそれは酷すぎると思う。仮にも恋人同士なのだから…少しくらい照れたりしてくれても罰は当たらないのではないだろうか。


「…ちょっとリィゾ。これではまるで私の片恋のようではないですか」
「俺は通常好きでもない奴の為なんかに茶は入れんぞ」
「……そりゃあそうでしょうけど。というか私以外の誰かがこの部屋で貴方の入れたお茶を飲んでいたとしたら私…かなり嫉妬しますよ?」
「……先日アルトルージュ様が来られたが。ほう、貴様はあのお方に盾突く気か」
「………」

その言葉に思わず沈黙してしまった白騎士を見、黒騎士の柘榴のように赤い瞳が愉快げに細められる。
二人が仕える主であるアルトルージュ・ブリュンスタッドは基本穏やかな気質をしているが反面、平気で武力と権力によって面倒事を片付けようとする暴力的な一面もある。
そしてそれは部下に対しても然り。何度もその矛先を向けられたフィナは無意識に肩を震わせる。
冗談じゃない。この前だって全身を鎖でがんじがらめにされて火あぶりの刑に処されたのだ。流石にこう立て続けに何度も殺されたら吸血鬼であるこの身も悲鳴を上げるに違いないのは明確ではないか。


「……姫君が好敵手ですか」
「生憎…アルトルージュ様には千年以上昔から仕えているが恋愛沙汰になったこともないし、互いに主従以上の関係で見合ったことはないから好敵手にはならないと思うが」
「じゃあ、本当に浮気なんてしてないんですね?」
「……あんまりしつこいとニアダークの錆にするぞ」

たかが冗談を本気にしおって…と毒づきながらリィゾは紅茶へと口をつける。一心地ついたフィナもそれにならい、カップの縁に唇をつけた。
四角い角砂糖は既に溶けきり、琥珀色の液体と混ざり合っている。その様子はやはり自分と重なるな、とフィナは思った。

透き通ったそれをこくんと一口分だけ口に含み、ゆっくりと味わいながら飲む。すると紅茶特有の芳香が口の中を漂った。


そういえば、黒騎士に初めて口付けた時も――こんな香りがした気がする。



end


リィゾはフィナの前だとすごく口調が砕ける気がするので。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ