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□エンドロールの目前
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朝方洗面所で顔を洗うついでにちょうど洗面台に取り付けられていた鏡をふと見てみた。
そして自分自身の顔を鏡越しに見た瞬間、思わず顔をしかめる。前より随分と、顔の皺が増えてきているような気がした。


「・・・・老いとは恐ろしいものだな」


例えば、全体的に肉体の運動神経が落ちていたり、魔術を使用する際には術式が前より大分衰えているような気がする。
まあ魔術の方はその分技術が高まっているので戦力的に何の支障ももたらさないが、肉体は別だ。
傷を受けた際の再生速度も当然、歳を重ねる度に落ちていくし、万が一肉弾戦になった場合も不利になってしまう。

ゼルレッチはその事実に対しいらついたように軽く舌打ちをした。
全く、冗談じゃない。これでは約束が果たせないではないか。

頭にぱっと浮かぶのは金色の髪と赤い瞳を持つあの男の姿。
そうだ、俺は奴を殺すと約束した。豪奢な月の城で悠久の時間を過ごしているかの王様ご自身と。


「・・・・・・」

ゼルレッチは再度、腹ただしげに舌打ちをした。



++++



「それはそれは、随分と贅沢な悩みだな?魔導元帥」
「うるせえなアルティメットワン。こいつはてめえには一生理解不能な悩みなんだよ」
「・・・・ああ、そうだな。貴様のような人間風情の悩みなど、たかが知れている」

この城を支配する王はそう言い放ち、嘲るようにふん、と鼻で嗤った。
しかし豪奢な玉座に退屈そうに座っている様子はその姿に反してどこか幼い子供のようにも見える。
それでもまだ、この唯我独尊な月の王が大人しく玉座に座っているのだから、この人間の男の何かを惹きつける能力はたいしたものだ。
城仕えの吸血鬼達は皆が皆揃ってそう思い、万華鏡(カレードスコープ)の異名を持つこの人間に感心を示した。

だから現在のように人間がこの千年城に立ち入る事を快く許可しているのだ。
生憎ここに長年仕えている使用人達ですら、この気まぐれな王の扱いには困り果てているところだった。


「・・・・・・たかが人間、それでも人間さ。老いて死ぬ、それが定めってやつなんだよ」
「まあ、花は寿命が短いが故に美しいとも言うからな。その考えは分からなくもない」

それに、と珍しく表情に陰を落として朱い月は言葉を続ける。


「正直私は、そんな貴様等が羨ましいのだよ。貴様等の時が経つにつれて老い、死んでゆくその儚き生き様は正直何物にも代えがたい美しさを孕んでいるように思える」


らしくもなく饒舌な様子でそう言い終わると、真っ直ぐこちらを見つめてくる血色の瞳。長い金色の睫毛に縁取られている透き通ったそれは、まるで宝石のように美しかった。
普通の人間ならば彼の瞬きをするという小さな動作でさえも見逃すまいとするだろう。それほどまでにそれは全てを魅了する美しさだった。
それに対し、最近は見慣れているのでゼルレッチは表情一つ変えず冷静に対応できるが、それでも多少は動揺してしまうもので。しかし今は欲よりも不安のほうが勝った。


「安心しろ。俺が絶対、殺してやる」
「・・・・・・」
「そうしたらお前も脆弱なヒューマンの仲間入りさ」
「・・・・・・」
「大丈夫だよ。アルクェイドもアルトルージュも、お前が思っているほどやわじゃない。少なくともお前みたいな奴に飲み込まれたりはしない」
「・・・器として不完全体なアルトルージュはまだ理解できよう。だがアルクェイドは、あやつは私の器となるために造られた存在。自我など構成されていないのだ。そんな人形が耐えられるわけがない」
「人形なんかじゃない。あいつにだって自我はある。今は空っぽでも、何らかのきっかけで器いっぱいに満ちてしまうさ」
「・・・・・・」

この魔導元帥のその自信はどこから出てくるのだろうか。
わけがわからず居場所をなくしたようにしていた朱い月の頭へとゼルレッチは宥めるように優しく手の平を置き、金糸のような髪を一度さらりと梳いた。


「・・・・・おい、魔導元帥」
「なんだ?」
「私を殺せるよう、一つだけ助言をしてやる」

朱い月はそう言ってゼルレッチに頭を撫でられている体制のままたおやかな白い手を彼の頬に滑らせる。
そして真剣な眼差しでゼルレッチの顔のしわを一つ一つなぞり、まるで愛おしむかのように触れていった。


「人であることをやめるな。貴様が人という存在である限り、貴様が私の息の根を止めることは可能となる」
「・・・・・人は老いると弱る。それでもか?」
「無論だ。私達の求める力には本来老いなど関係がない。全ての結論とはヒューマンであるか否か、それだけのこと」

朱い月は艶やかな動作で再度ゼルレッチの頬を撫でた。それはどこか子をあやす母親のような慈愛を含んだ行為。それがやけに温かくて、思わずゼルレッチはまるで幼子であるかのように柔らかく瞳を細めてしまった。それでもこの胸を満たすのは、僅かな羞恥心とそれを超えた満足感だけだ。


「私のような人知を超えた能力を持った化け物は"必ず"人間に殺されなければならない。世界の摂理とはそんなものなのだよ。・・・良いか?魔導元帥、老いを恐れ、人を止めることだけは決して許さん」


私を殺していいのは貴様だけなのだから。
朱い月は強かにそう言った。そしてゼルレッチはその言葉に思わず苦笑いする。
この王様は老体にどこまで無茶をさせる気なのだろうか。それでもここまで明確に言われてしまうときちんと期待に応えなくてはいけないな、などとどこか自棄にもなってきてしまう。
まあ、言ってしまえばこの異端の王となら共に死んでも構わないという無理心中の覚悟自体は随分前からもう出来ていたのだけれど。


しかし今現在、その覚悟はほんの僅かながらも確かに、救いの色を孕んでいた。



(愛しているからこそ、殺し愛うんだよ)



. . エンドロールの目前



end

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