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□忠誠と契約
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黒騎士。

漆黒の鎧を好んで身に纏っていた彼はいつしかそう呼ばれるようになった。



忠誠と契約




初めて彼女と出会ったのは彼女の父親であり、自身の主君であった男の計らいによってだった。

「はじめまして、私がアルトルージュ・ブリュンスタッドです」

鈴の鳴るような声。
幼い少女の姿をしているが彼女の表情はひたすらに妖艶で。
それ故に唇に薄く引いた紅が酷く魅惑的だった。

通常の男ならばそんな彼女を見るだけで虜となり、その肢体を欲望の対象として見るだろう。
幼きに関わらず妖艶。
艶やかな赤色の瞳は男を惑わす。

しかしその特性は別に彼女だけが持ち合わせているというわけではない。
寧ろ彼女は自身の父親の遺伝子からソレを引き継いでいるに過ぎないのだ。

月の王――朱い月。
その強大な力で吸血鬼達の主となった美しき王。
その美貌は完成されたもので、それは老若男女全ての者を魅了するほど。
そんな彼の娘がこんな風になるのは必然ともいえることであった。

だからこそこんなに美しくも、痛々しい。


「初にお目にかかります、姫様」

確かにアルトルージュは美しいだろう。
朱い月――父親と瓜二つの美貌を持ち合わせているのだから。
それでも、どうしてもかの黒騎士は彼女を欲の対象として見ることが出来なかった。


「・・・ねえ貴方」
「なんでしょうか」
「貴方のお名前、教えてくれないかしら」

貴方のこと、気に入ったわ。
幼い少女の姿をした吸血鬼は少しだけ嬉しそうに笑い、そう言葉を続けた。
もしかすると、彼女も自分を欲の対象として見なかった男は初めてだったのかもしれない。


「・・・リィゾ・バール=シュトラウトと申します」

何の感情も篭っていない淡々とした声。
黒騎士と呼ばれる彼の血色の瞳は澄んでいて、まるで宝石のようだった。
そんな媚びも欲も何もない、ただ前だけを見据えている彼を心から美しいとアルトルージュは思う。
そしてそんな彼を心から羨ましいとも。


「・・・・ねえ、お父様」

アルトルージュはリィゾの方から目を逸らし、後ろを向く。
そこには豪奢な玉座が存在していた。
そしてその場所に、神々しき金色が居座っている。

腰まである艶やかな金色の髪を適当に後ろへと流し、玉座のひじ掛けに肘をついてそのままそのたおやかな手の平に自身の顎をのせただらし無い姿勢でにやにやと口唇を歪め、愉快そうにこちらを見つめている男。
しかしそのような姿でもその美貌は損なわれず・・・寧ろ嗜虐的な表情は美しさを引き立てている。
そこは流石とでも言うべきか。

そんな彼こそがこの城の支配者たる月の王――朱い月である。


「なんだ?アルトルージュ」

そして呼びかけに返ってきたのは愉悦に染まりきった声。
どうやらこの茶番は王のお気に召したようだ。
数百年この男に付き従って来た成果か彼の機嫌が今どうなのかがなんとなく分かるようになっていたリィゾはぼんやりとそう思う。

アルトルージュにもそれくらいは理解できたのか僅かに安堵した表情を見せ、血の繋がった父親との会話を再開させた。


「リィゾを私に下さい」
「ほう・・・理由は?」
「気に入ったから・・・では言葉不足でしょうか?」
「成る程な、この堅物を気に入るか・・・流石は我が娘、人を見る目だけはあるようだ」
「有り難きお言葉、感謝いたします・・・・して、ご返答の方は」
「今は駄目だ、私はまだリィゾに飽いておらんからな。だが」
「・・・・はい」
「私の後の継承権はお前にやろう。リィゾ、理解したか?」
「・・・・・・了解致しました、我が君」
「我が儘を聞いていただき感謝いたしますわ、お父様」

黒騎士にとって王の言葉は絶対。
忠義を貫いている彼ならば絶対にいつか自分の物になるだろう。


「リィゾ、出来るだけ早く貴方を手に入れられるように頑張るわね」

そう言うとアルトルージュは再びリィゾの方へと顔を向け、年相応の可憐な笑みをその顔に浮かべた。
そんな物騒な自身の娘の物言いを朱い月は何も言わず艶やかに笑いながら聞いている。
それは出来るものならやってみろとでもいう余裕のようにも見え、永久の生命を持つ自身の死を切実に願う感傷にも見えた。

そんな彼の感情を理解していたリィゾはアルトルージュの言葉に何も答えず、ただほんの僅かだけ口元を緩めて苦笑する。


ただ雲一つない夜空には爛々と朱い月が輝いていた。



(こうしてかの主従の契約は結ばれた)



end

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