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□黒の姫君
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使徒としても真祖としても半端な存在。
それでも彼女は月の王と呼ばれる彼の遺伝子を引き継いでいた。

そんな彼女に対し畏怖と嘲笑を篭めて使徒及び真祖達は彼女をこう呼ぶ。
―――『使徒の姫君、アルトルージュ・ブリュンスタッド』と。



黒の姫君




空に浮かぶのは血のように朱い、月。
それは衛星でありながらも自身は何よりも美しいのだと己が存在を主張するかの如く爛々と輝いている。

ここはそんな月から最も近い場所。


"千年城ブリュンスタッド"

月の王こと朱い月のブリュンスタッドが支配する城である。
そんな城のとある一室から憂鬱そうな溜め息が静かな空間に響いた。


「退屈だわ」
「作用でございますか?アルトルージュ姫」
「ええ、退屈で堪らない・・・あーあ、吸血鬼という生き物は皆いつもこんなに暇を持て余しているのかしら」

質素なように見えて実はかなり絢爛な装飾を施されている椅子にちょこんと浅く腰掛け、漆黒のドレスから覗く白い足をぶらぶらと徒に揺らしながら「退屈だ」と彼女が愚痴を漏らすのは決して今日が初めてというわけではない。
寧ろ彼女はその言葉を一日何回言っているのだろうか。
それほどこの状況は日常茶飯事といえるのだ。


「さ、アルトルージュ様髪を梳きますからしゃんとしてくださいませ」
「・・・・むー・・・・・・分かったわよ、レア」

渋々といったようにだが確かに頷いた姫君の言葉に対し、櫛を片手に持った美しい女性はよくできましたとばかりににっこりと微笑した。
一般的にメイド服と呼ばれる衣装を身に纏っているその女性の名はエレノアという。
そんな彼女も勿論、人ならざる者・・・吸血鬼と呼ばれる存在である。
そしてその中でも最古参の内に入るほどの古株なのだ。
それと同時にエレノアはアルトルージュがまだ赤子であった頃からの乳母係であったりもする。
そういう経緯があってかアルトルージュは彼女のことを親しみを篭めて「レア」と呼んでいた。
ある意味二人は主従という関係にありながら親子とも言えるほどの信頼関係を築いているのだ。
そんな彼女だからこそアルトルージュは平気でエレノアに愚痴を漏らす。
エレノアもそれに対し慣れたようにアルトルージュの艶やかな黒髪を櫛で梳きつつ、相槌を打ちながらも時折アドバイスのように一言一言丁寧に言葉を綴った。
それが彼女達の日常。
そしてそれはこの城から出ることが許されないアルトルージュにとって唯一のストレス発散法といえた。


「・・・・あのねレア、最近全然リィゾが構ってくれないの」

今日の悩みはどうやらかの黒騎士についてのようだ。
そういえばアルトルージュはやけに彼の腰まで伸びた髪を結んだりしていじるのが好きだったような気がする。
まあエレノアにも決してその気持ちが分からないわけではないのだが。

「シュトラウト様は今現在王の御命令で一日中かの御方のお傍におられていると聞きましたが・・・」
「ああ、お父様の夜伽の相手を勤めていたからあんなに疲れていたのね・・・それならお父様もお父様だわ、わざわざリィゾにしなくったってあの容姿なんだから寄ってくる女などそれこそ星の数ほどいるでしょうに」
「王はシュトラウト様を酷く気に入られておられるんですよ、きっとあの御方にとってかのような魂の在り方はとても珍しいものなのでしょう」
「・・・・・・それもそうか」


忠義、それは自身が主と認めた者にだけ深い忠誠を誓い、かの人の為だけに自らの剣を振るい勝利への道筋を築き上げてゆくこと。
裏切りしか知らない朱い月にとってそれはとても面白い玩具となったであろう。


「でもいつか、リィゾは私の物にするわ」
「あら、まあ!」
「忠義、忠誠・・・・いいじゃない、とても素敵よ」


にこっと少女の姿をした美しき使徒の吸血姫は笑う。
エレノアもそれに合わせるようににっこりと、どこか色香を漂わせながら艶やかに微笑んだ。

ああ、姫君の黒騎士に対するこの執着は、ある意味愛よりも重いものなのではないだろうか。
また、彼女が血と契約を司る存在であるからこそ感じ取ることが出来る重みなのか。
あるいは・・・本当にその感情をその時姫君が持ち合わせていたのか。


かの真実はもう、全て闇の中である。


(どちらにしろ、月の王に喧嘩を売るという点は何一つ変わらないのですが、ね)

黒の姫君が嫌う退屈な日々が終わる時は、もう遠くはないようだ。
エレノアはその情景に想いを馳せ、少しだけ寂しげに微笑を浮かべた。


(正直なところ、今の生活も嫌いではなかったのに・・・・まあ仕方ないですか)



end

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