.

□始まり
1ページ/1ページ



昔から退屈だった。
城の中に仕えている者達は皆が皆揃って自身の強大な力を畏れ、傅く臆病者ばかり。
そんな日々が退屈で、退屈で堪らなかった。
なので時折下界に降り、戯れに人の血を吸ってみたりもした。
だが大体は我が高貴なる血に耐えられず精神が崩壊してしまうという残念な結果。
だから正直、あの女のことは面白いと思ったのだ。



始まり



「私の命はどうなったっていい、だけどこの子だけはどうか・・・」

そう言って深く頭を下げる女。
その腕に抱かれているのはまだ生まれて間もない赤子。
彼女はこの城の支配者たる男に対し貴方の子です、とそれだけを告げその赤子をこちらに差し出す。
真摯に見つめてくる彼女の瞳は血のような赤色で、そしてその双眸は強い意思を宿していた。

ああ、あの時の女か。

男はそれに対し全く興味なさ気に女を見返す。
所詮彼にとって彼女は暇つぶしとして町に降りた時に血を吸い、抱いただけの物にすぎない。
ただあの時は血を吸った時点でなお生きていたその女に興味を持ったので抱いたのだけれど。
まさかその自らの眷属が自身の子を成すとは。
その事実に対してだけはほんの僅かだが、興味が湧いた。

「・・・・・よかろう」

女の腕から左腕で赤子を受け取る。
そしてそのまま流れるような動作で女の胸を右手で貫いた。
ぐしゃ、と核たる臓物の潰れる音が響く。


コレはもういらない物だ。
だって今自分が興味を持つのはこの赤子であって目の前の女ではない。
だったら余計なものなんて消してしまうに越したことはないだろう。

だが胸を突かれた女の表情が苦悶に満ちることはなく、ただその顔には深い安堵の色だけが強く残っていた。


「私の代わりに・・・・、幸せに、なって、」


最期に自身の娘に対し、ただ母としての言葉を遺しながら。


(最初から、こうなる覚悟はできていたのです)



end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ