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□手に入らないのなら壊してしまえ
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小さな頃、エレフには私しか見えていなくて、私も勿論エレフのことしか見ていなかった。
それが当たり前のことで。誰かがそこに介入してくることなんて有り得るはずがない。
それが当然なんだって、思い込んでいた。

だけどエレフは変わってしまった。
私が死んでしまったせいで心が壊れ、怨嗟の念に飲み込まれたエレフは冥府の王の器として彼の者に身を委ねてしまった。…私だけの半身ではなくなった。
そうして復讐を果たした時にはもう、エレフはエレフとして何かが違う存在になってしまっていたのだ。

幼い頃お揃いだね、と互いに笑いあった美しい銀色の髪も、澄んだ明るい紫色の瞳も、もう彼には残っていない。
その上毎朝二人お揃いで編んでいた三つ編みも、何事もなかったかのように外されている。
悔しかった。悲しみよりも先に、誰かに半身を奪われたという憎しみの方が勝った。
…だから、

冥府の中で唯一下界を見ることができる泉に変わり果てた姿の半身は案の定、居た。
冥府の王のそばに居ない時以外は大抵、彼はここにいるのだということをアルテミシアは既に承知していた。



そして今日も今日とて彼は泉の見える位置に配置されている岩へと浅く腰掛け、徒に足を揺らしながら泉に映る下界の様子を見つめている。
彼の深い死色の瞳は生きる為、必死に足掻き続ける人間達を嘲るような…あるいは愛おしむような色をしていた。

そしてアルテミシアにとって、それも面白くない事実の一つ。

エレフセウスの思考は既に冥王に染まっており、ありとあらゆる者全てを等しく、彼は愛している。
それは半身であるアルテミシアのことも勿論、愛してはいるのだが、それと同様にこの世に蔓延る全ての者も愛しているのだということ。…つまり、アルテミシアだけを特別に愛しているわけではないのだということ。
アルテミシアにとってそれは、堪え難い真実であった。…今の今まで半身である兄だけは見つめ、愛し続けた妹にとってそれはもう、一層に。


「エレフ」

そんな狂気を微塵も出さずにアルテミシアは柔らかく、半身の名を呼ぶ。


「なあに?ミーシャ」

するとエレフはゆるりと自然な動作で泉からアルテミシアへと視線を向け、淡く微笑みながら返事をした。
その僅かな動きで漆黒の髪がさらりと揺れる。柔らかな笑みとは対称的に深淵のような色を帯びた瞳は硝子玉のように透き通っており、彼を人形地味たものに見せる更なる要因の一つとなっていた。

ああ、やはり"これ"はエレフでありながらも、エレフではない。
アルテミシアは静かに絶望すると、最愛の兄を取り戻すため、前もって用意していた短刀を懐から取り出した。


「…エレフにとって、私は大切な存在かしら?」
「ミーシャも、大切だよ。θはありとあらゆる有象無象を愛するのだから」

ああ、やっぱり昔のようにミーシャ"だけ"とは言ってくれないのね。
胸に漂う失望感。そして、新たな決意。

エレフセウスは、アルテミシアが短刀を取り出した時点でも笑っていた。綺麗な、とても綺麗な笑顔で。まるで人形のように笑っていた。
これから目の前にいる妹が何をしようとしているかくらい、簡単に理解出来たろうに。それでも彼は笑っていたのだ。



「私もあなたがだぁいすきよ?私だけの、お兄様」



さあ、楽園へ還りましょう?



(手に入らないのなら壊してしまえ)



end


タイトルはAコース様からお借りしました。

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