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□所詮、これはおままごと
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オルフェウスの指はとても綺麗だ。
まるで竪琴を弾くためだけにできた精巧な石灰の人形の手みたい。
そう半ば本気で言うと彼は苦笑しながらこう言った。
一昔前までこの手は剣を握って人を殺していたんですよ、と。


「……嘘」
「嘘ではありません。ほら、まだ名残もあります」

そう言いつつ男にしては細い指先で自身の手の平をなぞり、確認する姿はいつも私と過ごしている時よりも楽しげで。それによってこの人は剣を持ち、戦うことに誇りを抱いていたんだろうということを嫌でも理解させられた。


「ラフレンツェ…触ってみますか?」
「……え、いいの?私、なんかが…」
「構いませんよ。あまり面白いものでもありませんが」
「そんなことないわ!……本当に…触って、いいの?」
「どうぞ」
「……」

オルフェウスのその柔らかな微笑みに誘われるようにラフレンツェはたおやかな手を伸ばし、恐る恐るその指先をオルフェウスの手の平に滑らせた。


「……!すごい、ごつごつしてる」
「剣だこがまだ残っているんですよ。ここ数年、触っていないんですけれどね」

でももう少し時が経ったらこのたこさえも消えてしまって、私はきっとあの方のことも段々と忘れていってしまうのでしょう…
そう寂しげに呟く彼の藍色の瞳は硝子玉を嵌めたように透き通っていて、どこか泣いているように見えた。…実際は、濡れてすらなかったのだけれど。
それでも人がもし、涙を流しすぎた挙げ句の果てに目が涸れてしまったとしたらきっと、このように泣くのだろうと思った。


「ねえラフレンツェ。あの方はね、貴女と同じ美しい銀色の髪をしていたんですよ」
「そう…なの?」
「ええ。とても美しく…儚い方でした」

そう言って柔らかな眼差しでオルフェウスは私を見つめる。
でもそれは私に向けたものではない。あくまで彼の言う"あの方"へと向けていたものなのだろう。
そう思うと、無性に悲しくなった。

それも…初めから分かっていたことだけれど。


「……ああ…アメティストス将軍閣下」


オルフェウスはラフレンツェの腰まで伸びている艶やかな銀色を一房手に取り、恭しく口付ける。
彼のその碧い双眸は恐ろしいくらいどこまでも透き通っていて、本当に人形のようだった。


(所詮、これはおままごと)






閣下。閣下。閣下。
わたしは貴方のために剣をとり、戦いました。
わたしはただ貴方の笑顔を見たくて、たくさんのひとを殺しました。
わたしは心から貴方をお慕いもうしあげておりました。
…なのに、何故貴方はわたしの前からきえてしまったのですか?

エウリディケの時のように大切なものを喪うのはもう、御免だったのに。



end

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