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□本当に美しいのは…
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私の姉達は皆揃いも揃って美しい。
それは顔は勿論のこと、やわらかな物腰や流麗な歌声も、彼女達は全てが美しいのだ。
それに比べて、私は。


「・・・・・・うー」

六人姉妹の末の妹であるロクリアは足元に広がる花畑へごろんと俯せに寝転がり、美しい花々へと顔をうずめ、一人悩ましげに唸った。
昔はまだこんなに悩まずに済んだのに。そう、全ては一つ上の姉、アイオリアの変化がきっかけだった。

まず一つ目に、歌声。
以前彼女は熟しきっていない少女特有のソプラノの声をしていたというのに現在は少し大人びた高めのソプラノから、少し低めなアルトの音域までを華麗に出せるようになった。
結果、その二つを駆使して紡ぐ現在の彼女の歌は、朗らかな緑を自然と連想させる素晴らしいものへと完成した。

そして続く二つ目は、彼女の容姿だ。
まず昔のように大きく口を開けて笑うことがなくなった。その代わりに口元へと手をやり、くすくすとあまり笑い声をあげない上品な笑い方へと変わった。
そして体つきも少女のものから完全な女へと変わり、ロクリアと同じくらいだった身長も今では姉妹の中では一二を争うくらいにまで高くなった。

でもロクリアだけは以前と全く変わらないままで。それを考えるとどちらかといえば色々と追い越された悔しさよりも、置いていかれたという漠然とした不安だけが日々募っていった。


「そんなところに寝転がって、どうしたの?ロクリア」
「・・・・・っ!?アイオリアお姉様・・・」

一人物思いに耽っている間に悩みの原因ともいえるアイオリア張本人がいつの間にかロクリアの顔を心配そうに覗き込んでいた。予想外の出来事に思わずびくりと肩がはね上がってしまう。
何故ここにいるのだと問うてみるとどうやら甘えたがりの末っ子がいつまで経っても姉達が揃う神殿へと戻って来ないのを心配し、その代表としてアイオリアが探しにきたらしい。
それではやっぱり自分だけ子供扱いなのだとロクリアは思い、いじけるように再び花々の中へと顔をうずめ、頬を膨らませた。
それを見てアイオリアは不思議そうにきょとんと首を傾げる。たったそれだけの動作で様になる姉をロクリアは純粋にすごいと思えた。


「・・・・・・・」
「ロクリア?」

ロクリアはアイオリアからは自分の表情が見えなくなるように半ば花に顔を埋める。
だってきっと今の私はとても情けない表情をしているから。こんな不細工な顔、大好きで綺麗な姉には見せたくない。

そう思ったのに。

突然両頬を襲う軽い痛み。驚いて思わず花々からぱっと顔を上げ、いひゃいと情けない声を上げるとその痛みを与えている張本人であるアイオリアはくすりとおかしそうに笑った。

「何をそんなにいじけているの、話してご覧なさいな」
「うー・・・・」
「ロークーリーア」

咎めるようにぎゅっと頬を引っ張る力が僅かに強くなる。
正直それ自体はあまり痛くなかったのだが、実際のところ悩みの解決策を探していたのはまあ、確かだ。
生憎ロクリアはとても素直な性分だったので身内に対し内緒事をするなんて余程のことがない限りなかった。そんな純粋な少女はこの悩みは姉に聞いてもらったほうが早く解決するかもしれない、と即座に思いその小さな唇を開く。


「あの、ね」
「ええ」
「どうしたらお姉様達みたいになれるのかなって思って・・・」
「私達みたいに?」
「うん、だって私・・・すぐお姉様達に甘えたがるし、お姉様達みたいに歌えないし、綺麗じゃないもの・・・」
「・・・・・・」

そう言いながらしゅんとうなだれる末の妹を見、アイオリアは彼女の両頬を引っ張っていた手をぱっと離した。
その代わりに今度はよしよしとあやすような手つきでロクリアの頭を優しく撫でる。


「いいこと?ロクリア、貴女は十分魅力的な子よ」
「でも、」
「・・・だって髪はこんなにさらさらとしていて触り心地が良いし顔だって愛らしいわ、それに歌声だって透き通っていてとても綺麗、そしてなんといっても可愛らしいですもの」

ほら、十分すぎるほど魅力的じゃない。
率直にそう褒められ、ぼっと顔が燃えるように熱くなるのを感じる。そして大好きな姉の口からその言葉を聞き、少しだけ前向きになれたような気がしてロクリアはそうかな、と赤い顔で呟いた。
そのロクリアの問いかけに対しアイオリアはそれが当然のことのようにええ、と満面の笑みで答える。


「・・・それにね、ロクリア。貴女にはまだ熟していないからこその美しさがある。その美しさは私達にはもうないものよ」
「・・・そうなの?」
「ええ、だからロクリアはそんなことを気にする必要はないんだから」

偽りなどありはしない真っすぐな笑顔とその言葉。率直すぎるそれはちょっとだけ照れ臭いけれど、私だけが置いていかれているわけではないのだと姉本人がそう言ってくれているような気がして、やっぱり嬉しかった。

そうかな。私だけ出来損ないの子ではないのかな。
ちゃんと私にも、私の魅力があるのかな。でももしあるとしたら・・・・嬉しいな。
ロクリアは自然と口元が緩くなる。

「姉様達も皆待ってるわ。さあ、帰りましょう」
「うん、アイオリアお姉様!」

ロクリアの表情の陰りが消えたのを見計らってアイオリアはたおやかな手をロクリアへと差し出す。寝転がっていたロクリアはその手を取り、立ち上がった。
しかし立ち上がった後も繋ぎ合った手だけはぎゅっと握りしめ、放さないままでいた。

そして長い間花畑にうずまっていたせいだろうか。ロクリアの身体からは花々の甘い香りが漂っていた。
それはまるで現在の彼女の心境を表しているような、香しい芳香で。アイオリアはロクリアに気付かれないよう、こっそりとほくそ笑む。


「ね、アイオリアお姉様」
「なあに?」
「えっとね・・・・・・その、神殿に着くまで・・・その、一緒に歌ってほしいなって・・・」


その言葉の後にやっぱり駄目かな、と小さく付け足した末の妹の姿を見、緑の衣を纏う五人目の麗しき女神は今度こそ可笑しそうに笑った。

五人の姉達が揃って可愛がっている末っ子の頼みを、私が断るはずなんてないというのに。


「ふふ、勿論付き合うわ」

しかしそれに気付いていない純粋な六人目の愛らしい女神はそれを聞き、本当に嬉しそうに表情をぱあっと輝かせる。
・・・それを見てアイオリアが忍び笑いを漏らしたのは言うまでもない。


そしてその後すぐに淡青の衣を纏った女神の唇から愛らしい歌声がこぼれ出した。
そしてそれに合わせるように緑の衣を纏う女神の紡ぐ歌が混ざる。


辺りにはただ、荘厳なコーラスが響いていた。



. . . 本当に美しいのは…


(あら、アイオリアとロクリアが歌っているわ)
(うふふ、本当に愛らしいんだから)
(・・・もう、結局私達ってあの子達には甘いのよね)
(でも仕方がないわよね、二人とも私達の可愛い妹なんですもの)



end

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