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□恋のBellが鳴る前に
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沸々と意識が真っ白に染め上がる。
ああ、人って本気で怒るとこんなに冷静になれるものなんだ。
アルテミシアはぼんやりとそう思った。
目の前にはこの冥府を統べている王様が驚いた表情をしている。
まさか私がここに来るなんて予想もしていなかったんだろう。見開いた紫色の瞳には可哀相なくらい明らかな怯えの色が簡単に見て取れた。
でも今は許してあげない。だって貴方は絶対にやってはいけないことをしてしまったのだ。
彼の腕に抱かれているそれは、私の中で最も触れてはならない、いわば逆鱗なのだから。
「・・・アルテ、ミシア」
「エレフを離して」
「デモ・・・・コノ子自身ガ、コレヲ望ンダ」
「・・・・・・望んだ、ですって?笑わせないで頂戴。エレフをここまで追い詰めたのは貴方でしょう?さあ、私のエレフを返して」
アルテミシアは無表情でどんどん冥王を追い詰める。
そんな彼の腕の中には、艶やかな黒髪の青年がいた。
アルテミシアはそれが誰なのか、そして今がどのような状況なのか既に承知している。だからこそ、ここまで怒っているのだ。
・・・・・そう。愛しい愛しい半身を、冥王の器にされて喜ぶ妹などこの世に存在するはずがない。
「ねえ、私は放せって言ってるの」
「・・・アルテミシア、」
「ふぅん、そう。あなたは私の命だけじゃ飽き足らず、今度はエレフの身体を望むというのね」
「ミー、シャ」
「止して。私をそう呼んでいいのは今となってはエレフだけよ。あなたには私をそう呼ぶ資格なんてない」
アルテミシアはあくまで無表情だった。
しかし紫の双眸だけが異様なほど怒りの色を帯び輝いている。
冥王は目の前にいる巫女のあからさまな拒絶の言葉を聞き、悲しげに眼を伏せた。
そして怯えるようにその長身を縮こませている様子は、まるで酷く母親に叱られた子供のように痛々しい。
しかしアルテミシアは決して同情なんてしない。同時に、そんな彼女が容赦をするはずがなかった。
「私、あなたなんて大嫌い」
にっこり。
今までずっと無表情だったアルテミシアが初めて表情を変えた。それはそれは花のような、とても可憐な笑みで。
しかしその微笑みと共に放たれた言葉は、とても残酷なものだった。
そして案の定、冥王は石になったかの如く固まる。もはや瞳には涙が溜まっていた。
それでも腕に抱いたエレフセウスは決して離そうとしない。アルテミシアはその様子を見、不愉快そうに眉を潜めた。そしてそれに何かを感じ取ったのか冥王がさらに身体を縮こまらせる。
それは同時に彼の腕の中にいるエレフセウスをより強く抱きしめたということでもあって。
・・・・・・・・・・・・。
いい加減、アルテミシアも我慢の限界だった。
ただでさえ自分とお揃いだったエレフの銀髪を黒髪に変えられた時点で苛立っていたのに、その上この王は最初からエレフを自分の器にするつもりだったらしい。それで怒りが沸点に達するのは当然とも言える。
(エレフは私のものなのに、なんで、)
しかし彼女を怒りの頂点にのし上げた一番の原因は・・・・
黒く染まり、眠りについているエレフは縋るように冥王の袖を握りしめていた。
そして彼の者の腕の中で眠るエレフはほんの少しだけ安心したような、穏やかな顔をしているのだ。
生前はあんなにも苦しげで、悲しい表情ばかりしていたのに。
(ああ、なんて腹が立つのかしら!)
だけど一番怖いのは、そのエレフが目を覚ました後だっていうことを私は知っている。
だからこそ、眠っているエレフが目を覚ましてしまう前に早くエレフからこの男を引き離さないと。
全てが手遅れになってしまってからでは、もう遅いのだ。
(ほら、早くエレフを離して)
(デモ、エレフハ我ノ器デ・・・)
(戯れ事はいいわ、早くしなさい)
. . . 恋のBellが鳴る前に
end
だけど苦労むなしく結局この後エレフは目を覚ましちゃうという。